第9話 私は錬金術師、再出発の時

「リシェナの言う通りだ。これ以上は時間の無駄である」


 王様の重い一言には誰も口出しできない。激怒寸前だった大臣も、拳を下ろした。


「レイリィよ、その実力は確かのようだ。よってそなたを認めよう」

「お褒めの言葉をいただき感謝します」

「が、それとこれとは別だ。そなたの言動の数々、見過ごせん」

「はい?」


 耳を疑った。見せ物の下りはやりすぎたけど、元はといえばあの大臣が言い出した事だ。


「錬金術師はそのほとんどが貴族などの高貴な者達……。宮廷錬金術師となれば一握りだ。何故かわかるか?」

「いえ……」

「正しい知識や行動だけではない。王族への忠誠心がもっとも重要だ。そなたにはまったくないものだな」

「それは、認めます……」


「いや、認めるなよ」


 アルベール王子がここで的確な突っ込みをしてきた。

 でも、さすがの私も思考が追いつかない。簡単に認められるとは思ってなかったけど、ここまで辛辣な対応をされるなんて。

 持ち上げておいて落とす、か。免許を習得した日は大手を振るって喜んだ。遥々田舎の村から出てきて、ようやく合格したんだもの。

 それが今や追放、免許停止に加えて王様にまでダメ出しか。


「よって投獄処分とする」

「はい!?」

「実力を買ってその程度で済ませてやろうというのだ」

「いくら王様でも納得いかない……!」


 アルベール王子を見ると、相変わらず冷ややかな表情だ。少しでもフォローを期待した私が馬鹿だった。


「フン! 平民風情が調子に乗るからこうなる! 兄上! 連れて来たのはあなただが、責任はどう取る!」

「後で考えておくよ」

「な! 何をふざけたことを!」

「そんな事より、もうお開きだ」


 牢へと連行される中、それからデイドリッヒ王子や大臣達が口々に私を罵倒するのが聴こえた。

 こんな結果を認めるわけない。だけど今は冷静になろう。私は錬金術師をやりたいだけなんだから。


                * * *


 牢の中は劣悪だった。光も届かない狭い部屋に洗ってない毛布、かび臭さ。遠くから囚人らしき人の叫び声が聴こえる。

 私は膝を抱えて、目を閉じた。そんな時、地下を歩く足音が近づいてくる。


「お、王様? それにアルベール王子……」

「すまなかった。まずは非礼を詫びよう」


 王族が私に頭を下げた。さっきまでの態度とは一変しすぎて混乱する。


「実はそなたの事はこのアルベールから聞いている。無免許なのだろう?」

「ゲッ……」

「心配する必要はない。私の答えは初めから決まっているのだ。レイリィ、これからもよろしくお願いしたい」

「えっと、すみません。話が見えないのですが……」


「君が無免許と知りながらも裏で仕事を頼む。この事実を知ってるのは僕達だけという話さ」


 アルベール王子が簡潔にとんでもない事を言い出した。王様も頷く。


「アルベールが身に着けてしまったブレスレットはとある国の王女からの贈り物でな。この愚息は以前、舞踏会の場で彼女の誘いを断ってしまったのだ。

愛した女性でなければ踊れません、とな。激しくプライドを傷つけられたのだろう。後日、王女は金のブレスレットをこの馬鹿に贈った」

「興味本位で身につけてしまったのさ」

「鑑定士も通さず真っ先にな」

「やばいと思ったけど抑えられなかった」


 大丈夫かな、この王族。つまりその王女が呪い主という事になるんだ。あの金色に対する執着もその人のものだった、と。


「……いや、女性からの贈り物を粗末に扱うのもどうかとね」

「王女はまた後日、呪いを解いてほしくば自分と結婚しろと手紙を送ってきた。もちろん最初は突っぱねたが、国中のエクソシストを総動員しても呪いを解けなくてな。

いよいよ諦めて婚約を決めたところで、この馬鹿が脱走したのだ。今のように、愛してない女性との結婚など考えられんとな」

「あの! さっきのリシェナさん、でしたっけ。あの人は解けなかったんですか?」

「錬金術師が呪いを解くなどあり得んと思っていた。口には出さんが、あの子も君に興味を示しているだろう」

「そ、そうなんですか」


 佇まいや雰囲気で、自分と同等かそれ以上の実力を持つ錬金術師と感じた。実際にはわからないけど、少なくともあのギルドにいた時からは考えられない感覚だ。そんな人も呪いは解けないんだ。


「とにかく僕達は君を高く評価している。しかも、毒入りといって差し出された水を迷いなく飲むんだからね」


――レイリィ! この水に何が入ってるか言ってみろ!


――ええっとぉ……。分析!


――ハッハッハッ! そんな魔術を使わないとわからないようじゃまだまだ!


――使わないとわからないよ!?


――水は基本素材だ! 正しい水ってのを記憶して、違いがあるものは見ただけでわからねぇとな!


――そんなの出来るわけないよー!


「無味無臭の毒もありますが錬金術師には通じません。錬金術師を毒殺するなら、まだ最強種ドラゴンのほうが望みがあるでしょう」


 本当に素材と向き合ってないと到達できない境地だとお父さんは口を酸っぱくして言ってたっけ。

 お父さんのおかげで今の私がある。だからこそ腕一つで証明したい。お父さんみたいな優れた錬金術師に対する正しい価値を。絶対にわからせてやる。


「なるほどな……。私達は幸運かもしれん。君のような本物の錬金術師に出会える奇跡など滅多にない」

「それで無免許の私は今後、仕事をしてもいいと言う事でしょうか?」

「大っぴらにされては困るので、黙認という形になる。先ほどはああでもしないと、あの者達の熱が冷めなったからな。今は形だけの監禁……という事で受け入れてもらえないだろうか」

「わかりました。ではここから出していただけるんですね」

「少なくとも一週間は耐えてほしい。ほとぼりが冷めた頃に逃がそう」


 こんなところに一週間か。ちょっときついけど頑張ろう。変な食事も大体は『抽出』『変換』で何とかなる。


「私から錬金術師ギルド本部に掛け合うべきなのだろうが悪手だろう。その時点で王族の贔屓は隠せん上に、連中も一枚岩ではない。どんな思想を持った者がいるか、こちらも想像がつかん」

「王様だからといってどうとでもなるわけじゃないのさ。僕達もあいつらとは持ちつ持たれつつだからね」

「いえ、感謝しても足りません」

「では今しばらくの辛抱ではあるが耐えてほしい」


 王様と王子様の二人がいなくなった後、証明がなくなった地下室に静けさが戻った。

 さすがにこの暗さは陰気だから――


「『生成』……」


 光を空中に灯して、しばらく見つめながら考え事をした。

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