第8話 特級錬金術師リシェナ・フォンデスタント
リシェナ・フォンデスタント。代々、宮廷錬金術師として王家に仕えてきた貴族家の令嬢にして最年少の特級である。
国内最高の腕を持つと言われてきた彼女の父親が引退発表をした際、王宮内は揺れた。病気や女性関係など、様々な憶測が飛び交ったが程なくして明かされる。
「父からの引継ぎを終えました。銀の王時計の修繕及び改良、
王宮内にある研究室にて、あくびをしながら彼女がそう報告した。
年端もいかない娘を主任に据え置くなど、無責任にもほどがある。宮廷錬金術師の副主任は、リシェナの父親に対して心の中で何度も悪態をついていた。
しかし、いざ報告書を受け取ると副主任は悟ったのだ。
「これからよろしくお願いします」
ろくに挨拶もしない自分の娘ほどの少女に対して、彼は会釈をした。
リシェナの父親が数十年もかけて研究していた
巨大すぎて修繕だけでも一ヶ月ほどかかる銀の王時計を、片手間で改良までしてしまったのだから。誰もが首を垂れるしかなかった。
――錬金術って楽だから好き
どう使おうと有り余る給料で買い物をしたり、スイーツを楽しむ。
そんな人生に彼女は満足していた。父親が彼女を避けようと、気にも留めなかった。酒浸りになろうが、どうでもいい。
母親に暴力を振るって自害させた人間など、人とすら認識していなかった。
「リシェナ殿! 実はだな……」
ある日、中年太りの大臣がリシェナに依頼した。王宮に招かれた生意気な錬金術師を懲らしめてほしいというものだ。
猛毒を混入した水を差し出すという悪質極まりない内容だが、リシェナは二つ返事で引き受ける。
――もっと楽しちゃおう
リシェナは大臣に水が入ったコップを差し出す。
「どうぞ。あのベリアルを入れました」
「おぉ! でかしたぞ!」
嬉々として大臣は大会議室に足を運ぶ。いつもなら研究室にて、呆けて過ごすのだが今日の彼女は違った。
――どんな反応をするのかな?
ほんの少しの気まぐれ、好奇心が彼女を動かす。大臣の後ろを歩き、大会議室に同行した。
国王を初めとて王子が二人、大臣達が席について一人の少女を取り囲んでいる。
子どものような容姿の少女が錬金術師というのだから、リシェナとしては意外だった。
更には報酬まで要求する太々しさを見せつけられて、大臣とのやり取りが加速する。
「今回はアルベール王子の意図を尊重して、面白い見世物を見せましょう。見世物なのでお代はいただきません」
錬金術は楽だし見せ物にしても面白くなるわけがない、そんなリシェナは思わず声が出そうになった。
「の、飲んだ!?」
「何をしてる! 死にたいのか!」
少女が迷わずカップに口をつけて水を飲んだ。仕掛けた大臣が一番慌てている。
「おいしいお水ですね」
「は……? えっ?」
「私は毒を飲みました。どうです、面白かったですか?」
「いや、その……」
困惑する大臣を挑発する少女。錬金術においてすらほぼ思考もしないリシェナだが、今日ここで顎に指を当てて考えてしまった。
彼女は見抜いていたのか。ベリアルなんて入ってないと、どうしてわかったのか。それともただのアホなのか。リシェナは少女に対して無数の可能性を思い浮かべた。
「お前! ど、毒を、飲んだ、のに!」
「タネも仕掛けもありません。どうでしょうか?」
リシェナは毒を入れてなかった。今までの仕事の中でもっとも下らないと判断した為、何もしなかったのだ。よって、ただの水を大臣に渡しただけだった。
「なんだ、何故だ! どうなってる!」
「それからどうすればいいですか? このまま放っておかれても困るんですけど……」
「……レイリィ。君は本当に毒を飲んだのか?」
鋭いのは第一王子アルベールだ。ちらりとリシェナを一瞥した後、レイリィの元へ行く。
「ベリアルが入ってるとされた水ですよ」
「これに毒なんか入ってないと見抜いただろう。リシェナ、どうだ?」
「……入ってません」
「なんだとぉ!」
命令を無視された大臣がリシェナの胸倉を掴む。
「貴様、本当か!」
「はい。その子は毒が混入されていないと見抜きました。もう十分では?」
「なに……」
「これ以上は時間の無駄です」
リシェナはそう判断した。この世界には無味無臭の毒などいくらでもある。ましてやレイリィはベリアルを取り扱った事がないと発言していたのだ。錬金術『分析』もしていない。
それにも関わらず、初見の一瞬で毒が入っていないと理解した。なぜ、どうして。気がつけばリシェナの胸の鼓動が高鳴っていた。
「本質を見抜けないようでは錬金術師失格だと教わりました。水はすべての源である以上、きちんと見極められなければいけません。
そもそもお言葉ですが……。ベリアルのような有名な猛毒を、こんな茶番で簡単に取り扱えるとは思えません。普通は厳重に保管されていて、限られた人にしか取り出せないようになってるはずです。常識で考えれば誰も許可しないでしょう」
もっともだった。しかし問題は違うとリシェナはまた思考する。
たとえそこまでわかっていても、迷いなく飲めるものか。普通は少しくらい躊躇しないか。
気がつけば長年、封印されていたリシェナの常識的な思考が再び動き出していた。
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