第7話 私は引かない

 無免許の私が王宮に通された。しかもここは王の間で、目の前の玉座に王様と王妃が座っている。

 その傍らには第一王子アルベール、第二王子デイドリッヒ。その手前には各大臣。両側にはそれぞれ数人の騎士達が立っていて、圧迫感を感じた。

 私が無免許という事実はアルベール王子しか知らない。公にしたら大変な事になるからだ。


「兄様。退屈されているからといって、やっていい事と悪い事がある」

「デイドリッヒ、僕は真剣だ。そこにいるレイリィは原石だからね」

「兄様の冗談はわかりにくい。そうやっていつも私をからかう」

「彼女をこの場に招く事を許したのは他ならない父上だ。いくら僕でも、独断でこの状況は作れない」


 アルベール王子に言い返せず、デイドリッヒ王子は歯を食いしばった。

 二つ返事で私が生き残れる状況じゃない事は理解できる。どこかつまらなそうに肘をついて私を見定める王様に、やや微笑んでいるように見える王妃様。

 今の段階では珍獣観察の域を出ていないと思う。


「アルベール、指輪を宝物庫から盗み出した件や脱走の件はこれから次第だと伝えておこう」

「恐縮です、父上。僕とて、つまらない見世物の為に彼女を招いたわけではありません」

「隣国の王女との縁談についても、決して破綻したわけではないと伝えれば少しは肝が冷えるか?」

「えっ?」


 そこで動揺されたらこっちまで不安になる。そもそも縁談やら脱走やら、どうも把握できない。

 それはそれとして、まずは今はこっちだ。


「ま、まぁいいでしょう。父上、さっそくですがあちらのレイリィは呪いの指輪を羨望の指輪へと作り変えました。

あの場には大勢が居合わせましたし、そこの教育係であるバムロも目の当たりにしています。更には宮廷鑑定士による鑑定も済んでいるので、これについては疑いようもありません」

「羨望の指輪か。これだけでも宮廷錬金術師として引き入れたいほどだ」


「父上! まさかその平民を宮廷錬金術師に抜擢するのですか!」


 指輪を指でつまんで観察していた王様に叫んだのはデイドリッヒ王子だ。

 アルベール王子とは違って、目力が強い。あっちが氷ならこっちは炎かな。

 デイドリッヒ王子の言葉を皮切りに、大臣達が口々に反発を始めた。


「まったくですな。腕が立つとはいえ、どこから沸いて出てきたのかもわからない小娘ですぞ」

「貴族出身の者達も黙っていないでしょう」

「そもそも錬金術師とは高貴でなければいけません。まったく、ギルドもなんであんな子どもを合格させたのか……」


 数々の厳しい意見に私は少しだけ怯む。だけど、すぐに拳を握って自分を奮い立たせた。

 不安を覚えるなんて馬鹿らしい。私は錬金術師、それ以上でもそれ以下でもない。錬金術師としての道を切り開くために、私は望んでここにいる。

 お父さんは無償で誰の依頼でも引き受けていて、それ自体は嫌いだった。いつか言っていた言葉を思い出す。


「彼らの言う通りです、父上。このデイドリッヒも反対します」

「もっともだ。そなた達は何もおかしくない」

「ではお開きといきましょう、陛下。そこの少女は即……」

「他国が彼女を見た時に同じような判断を下すとよいがな」


 少しの間、誰も何も言わなかった。それがどういう事かわかったのかもしれない。自分で言うのも何だけど。


「父上! 彼女は今、この場にいるでしょう!」

「他国の王ならどう判断するか……。彼らの元に似たような幸運が舞い降りた時、どう活かすか。凡庸な決断をするのであれば取るに足らん相手なのだがな。デイドリッヒ、どう思う?」

「他国の王とて同じです!」

「お前は優秀だが、潔癖すぎていかんな。だからアルベールに後れを取る」

「なっ……それは関係ないでしょうッ!」


 デイドリッヒ王子が国王に怒声をぶつける。呼吸を荒げて、かなり興奮していた。


「レイリィといったな。何を望む」

「錬金術師としての活動と対価です」

「しかし、この場にそなたを信用する者がほぼいない」

「構いません。私は仕事をします」

「構わないだと?」


 私のお父さんとしての言葉じゃない。錬金術師としてのお父さんの言葉を今、口にする。


――錬金術師は選ばねぇ! 場所も相手も仕事もな! 一流は素材も選ばねぇ!


「私は場所も相手も選びません」


 素材の可能性は無限大、その気になれば何だって作れる。なんて、お父さんほどの仕事はできない。

 だから仕事と素材は選ぶ。今の私じゃお父さんの足元にも及ばない。だから、これでいい。


「何だと……太々しい!」

「陛下の御前でなんと不敬な!」

「そこまで言うのなら試させろ! 陛下! どうか許可をいただきたい!」


「レイリィよ、どうだ?」


 王様がどこか冷めた態度で私に聞いてきた。私は王様じゃなくて、大臣のほうを向く。


「試すとは? 仕事の依頼ですか?」

「は……?」

「錬金術師としての私を試すのなら、それは仕事といってもいいかと」

「金を払えというのか? 貴様ごときに!」

「対価は私が決めます」

「陛下! どうか、私に機会を!」


 王様が了承した後、場所を変える事にした。大会議室で、私に仕事を依頼してくれるみたいだ。


                * * *


「待たせたな。今回、協力してもらうのは我が国が誇る特級錬金術師のリシェナだ」

「よろしくお願いします」


 ストレートに流した綺麗な銀髪に眠そうな目。どこか頼りない雰囲気があるけど、特級錬金術師か。しかも、私とそう変わらない歳に見える。


「さて、リシェナの協力を得て今回はこんなものを用意した。このカップの水には毒が含まれている。その昔、処刑用として使用されていたが残虐性などの観点から見直されて今では採用されていない。

私に言わせれば、絞首刑やギロチンなどよりも綺麗に片付くのだがね」

「その毒はなんというものですか?」

「ハハッ! 怖いか? ベリアル……と言えばわかるか」

「ベリアル……。悪魔の名を冠する最上位の毒ですね。これを含んだゲプラド草の群生地帯には魔獣すら近寄らないという……」

「さすがに知ってるじゃないか。そこで本題だ。これを飲んでみろ」


 これには私を快く思ってなかった人達もざわつく。王様も低く呻き、悩んでいるみたいだ。

 でもただ一人、アルベール王子だけは表情一つ変えない。


「もちろん得意の錬金術でどうにかするべきだな。まさか呪いをどうにか出来て、毒一つ手に負えないわけはあるまい?」

「ベリアルとなれば確かに難しいですね。私も取り扱った事がないので……」

「では大人しく」

「三十万ゼルいただきます」

「は……? 何を」

「仕事の依頼ですから当然です……と言いたいところですが」


 大臣の手からカップを奪い取るようにして、顔を紅潮させたおじさんを見つめ返す。

 リシェナさんをちらりと観察したけど、この人もアルベール王子と同じで表情を動かさない。

 どう思われようと関係ないけどここは一つ、私も意地悪をしたくなった。


「今回はアルベール王子の意図を尊重して、面白い見世物を見せましょう。見世物なのでお代はいただきません」


 大臣が今にも殴りかかってきそうだ。でも私は引かない。

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