第6話 ブラックギルド、慌てる
レイリィを追放した後のギルドは連日、大忙しだった。まず一つは注文の殺到だ。支部に在中している三級と四級の錬金術師だけでは手が足りない。自分の店を持っている者を支部に呼び寄せて手伝わせる事態だった。
そんな中、ギルド長とゲリッツは上機嫌だ。
「いやぁ、さすがは当ギルド! 客もわかってる!」
「まったくですよ、ギルド長。あの落ちこぼれを追い出してから、良い事だらけです」
「今思えばあのガキは死神のようなものだったかもしれんな」
「ハハハッ! いい例えです! となれば、ギルド長の審美眼のおかげでしょう!」
二階の支部長室で笑い合う二人だが、一階では三級以下の錬金術師が休む間もなく働いていた。
注文や仕事量が増えたのは事実であり、誰もが寮や自宅に帰っていない。
昼過ぎにようやく一階に降りてきたゲリッツがあくびをしながら、依頼内容を確認する。
「さて、ちゃっちゃと仕事を……」
「あの少女を出せ!」
ギルドに怒声を上げて怒鳴り込んできたのは町長だ。
つかつかと歩いてゲリッツの元へやってくる。
「これはこれは町長。本日は」
「先日、ビューティリングを返品しただろう! あれに使われていたクイーンルビーは呪われていたんじゃないのか?!」
「は、はい?」
「妻をエクソシストギルドに連れていって、ようやく体調が回復したのだ!」
「話がよく見えないのですが……」
「エクソシストギルドで解決したという事はだな! あのクイーンルビーの呪いの影響を受けていた事になる!」
ゲリッツは彼が何を言ってるのか理解できなかった。いくら町長とはいえ、難癖は許容できない。舌打ちをしかけた彼だが、耳を疑う。
「あの少女の錬金術師がいただろう! あの子が教えてくれたのだよ! クイーンルビーが呪われていたから妻が倒れたと!
最初は疑ったが他に手立てがなくてな! ダメ元でエクソシストギルドに行ってみて真実だとわかった!」
「お、お待ち下さい! 少女とは?」
「背が小さいあの少女だよ! どしゃ降りの中、必死に叫び続けていたんだ! 今思えば悪い事をした!」
「まさか……」
ゲリッツは目を逸らしていた現実に直面せざるを得なかった。女性錬金術師は在籍しているが、少女という年齢ではない。
そうなれば該当する人物は一人しかいなかったからだ。
「あの子を連れてこい! まずは謝りたい!」
「それが、彼女は」
「先日、免許停止と共にここを去りました」
ゲリッツはとうとう舌打ちをしてしまった。余計な発言をした四級錬金術師を確認した後、慌てて取り繕う。
「何だと? 彼女が何をした?」
「不出来な奴でして……。当ギルドに幾度も損害を与えた為、やむを得ない処分となりました」
「あんなに一生懸命、私を信じさせようとしていた彼女がか?」
「何せ元気だけが取り柄でして」
「……君は、いや。君達は私がビューティリングを返品した後も、謝りに来なかったな」
町長が更に怒りを蓄積していくのを、この場の誰もが感じ取った。
発言主の四級錬金術師はこれでよかったと思っている。連日の激務はレイリィという少女を失ったせいだと気づいているからだ。
彼女がいたおかげで、迅速かつ正確なサポートのおかげで仕事が捗ったのだ。彼はレイリィに感謝していた。それだけに今回の件は腹に据えかねている。
「彼女は謝りに来た。この差はどこから来る?」
「い、いえ。ですから彼女の仕事能力は見るも無残で」
「仮にそうだとしても、下を育てるのも君達の仕事だろう。それに本来は上の人間がやるべき謝罪を彼女にさせた。これは事実だ」
「その件は本当に申し訳」
「いや、いい。それより支部長を呼べ」
呼ばれて二階から降りてきた支部長に対して再度、町長は怒りをぶちまける。
平身低頭、申し訳ありませんを繰り返すこと数回。町長はそんな謝罪など、どうでもよかった。
「あの少女はどこにいった?」
「それは私どもにも……」
「どうしようもない連中だな。もう君達には何も頼まん」
「あ! それだけは!」
町長が出ていった後、支部長の拳が震える。なぜレイリィが評価されるのか。彼女がうまい事を言って町長にとり入ったのか。そんな妄想ばかりが捗った。
ゲリッツは発端となった発言主である四級錬金術師の胸倉を掴む。
「貴様ッ! 余計な事を言いやがって!」
「いいです、私も免許停止なりして下さい」
「なに!」
「あのレイリィはよくやりました。彼女が揃えた素材はいずれも成果物に適したものばかりです。いえ……自分では考えつかない素材の選定でした。
実際、そのおかげでお客様からの評判も上々です。ここ最近、注文が増えているのも彼女のおかげですよ」
「寝言をほざくんじゃないッ!」
手を放してから、ゲリッツが四級錬金術師の頬に拳を打ち込んだ。殴り倒されたものの、彼はゆっくりと立ち上がる。
「彼女があなたに責任を押し付けられて追放されたと知った時はショックでした。なぜ声をかけてやれなかったのか……今でも後悔してます。
それはきっと今みたいに暴力でねじ伏せられるのが怖かったからだと思います」
「まだ減らず口を! 何を根拠に! 四級のカスが粋がるんじゃないぞ!」
「注文が増えてますが、同時にわずかに返品率が上がっているでしょう。支部長なら気づいているはずです」
ゲリッツも支部長もすぐには言い返せなかった。昨日、一昨日と少しずつだが納品したものが返品されてきたのだ。
レイリィが来る以前の質よりも上がれば、客が求める水準も高くなる。それが下がれば、客が離れていくのは当然だった。
「支部長、私も追放なり免許停止なり構いません。本日をもってこちらの支部を去ります。今までお世話になりました」
「な、何を! そうしたら君の居場所などないぞ!」
「構いません。ですが二人目の成績不良による追放処分となれば、本部もさすがに気づくでしょう」
「何がだね!」
「さぁ……。これで失礼します」
速やかに去っていった四級錬金術師に何も言えない二人だった。他の錬金術師も気づいている。
支部長とゲリッツが支部の癌であり、潮時が近づいていると。たかが四級がいなくなったくらいで。そう楽観したところで崩壊の足音は静かに迫っていた。
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