第5話 決断しなきゃ
「せっかくですがお断りします」
誰もが私の返答を予想してなかった。場が静まり返って、王子が眉をひそめる。
無免許の私が宮廷に行くのはやっぱりリスクが高い。投獄なんてされたら終わりだし、逃げの一手だ。
「君は何を恐れているんだ?」
「えっ……」
「僕が王族だからか? いや、違うな……」
「わ、私には夢があるので! お誘い嬉しかったです! では!」
「あ! 待て!」
たまらなくなって逃げ出してしまった。うまい言い訳が思いつかなかったし、怪しまれているとは思う。
そもそもあの王子様の眼差しに加えて、あの発言。まるで見透かされたみたいだった。
あれが氷の貴公子か。確かに森で会った時とはだいぶ印象が違う。子どもみたいに草むらに隠れて、頭だけ出して。あっちへ行けなんて慌ててみたりして。
でも今は情なんてなさそうと思えるくらい冷たい雰囲気があった。
「今度は逃がさないぞ!」
「ウソォ!」
追ってくる。それも凄まじいスピードだ。人の群れを巧みに避けて、挙句の果てには建物の壁を蹴って跳んでくる。
常人離れした動きで迫る王子から私が逃げ切れるわけがない。これが王族のポテンシャルだなんてずるすぎる。
だけど私も負けてない。錬金術師はか弱い存在じゃないのだ。
「煙幕弾!」
「うっ……!?」
魔導具、煙幕弾。その名の通り、投げると煙が放たれる。ごめん、無関係な人達。
こっちも見えなくなるけど、これも魔導具で解決。曇視鏡、これを装着すれば煙の中でも見える。主に火事の現場で大活躍するポピュラーな魔導具だ。錬金術師の強さは手数の多さです。
ギルドでこういう自作したものを見せても、絶対にダメ出しされて相手にされなかったっけ。挙句、買ってきたものだろうと難癖をつけられた。
* * *
広場から王都の出入り口を抜けて、ようやくアトリエ建設予定地にまで逃げてこられた。
人の目につかない死角的な場所だし、森の木々がいいカモフラージュになってくれる。
「あぁ、つっかれたぁ……」
思い返せばだいぶ無茶したなと反省した。賞金を貰い損ねたし、あんな逃げ方をしたら犯罪者ですと言ってるようなものだ。
しかも相手は王子様とくれば、いつか捕まっちゃうかもしれない。その前にここから逃げないと。
「ここは放棄しよう。うん」
「それはいい案だ。その後はどうする?」
「まずは王都から離れて……」
膝から崩れ落ちた私を見下ろしているのは王子様だ。氷の貴公子と呼ばれるだけあって、童顔ながら怖い顔をしている。
「僕から逃げようなんて甘い。何回、城から逃げ出してきたと思ってる。今や屈強な騎士ですら追いつけないんだぞ」
「煮るなり焼くなり好きにして下さい……」
「王子である僕の誘いを断った上に、あんな事までして逃げたんだ。しかし、事情次第ではどうとでもなる」
「これこそ夢であってほしかったです」
「事情を話せ」
またこの眼差しだ。こっちまで凍てつくような感覚に陥る。
こうなったら話すしかないのかな。私がブレスレットを直してあげなければ、こんな事にはならなかったのかな。
「私、錬金術師の免許がないんです」
「何だって……?」
「というより、免許停止です。煮るなり焼くなり好きにして下さい」
「詳しく話せ」
誇張抜きで全部、話した。あの人達を憎い気持ちはあるけど、感情には出してない。
淡々と話し終わったけど、王子様は表情一つ変えなかった。
「ふぅん。それはひどい話だな。でも君はそれだけの実力があるのに、そいつらに示さなかった。何故だ?」
「上下関係がある組織ですから……。勝手な事をするわけにはいきませんし、なかなか出来ません」
「呪具を取り扱って見せつければよかっただろう」
「呪具なんて滅多に取り扱いません。そういうのは大体、エクソシストギルドに回されます」
「君の選択が正しいかどうかは僕にはわからない。誰にもわからない」
「……はい?」
王子の青色の髪が風になびく。私に背を見せたまま、王子がまた話し始めた。
「君の選択を正しいものとするには今後次第だ。どうしたい?」
「もちろん錬金術師として活動したいですよ。あんな人達に免許停止にされたくらいで止めません」
「王子である僕の前で堂々と無免許活動の宣言か。では君は今後、もぐりとしてやっていくのか」
「そうなります」
「錬金術師だけじゃない。もぐりで活動している連中はいるが、そのほとんどが黙認されている状態だ。何故かわかるか?」
「いえ……」
意外な事実だった。どんな事情か気になるけど、私みたいな人は他にもいるなんて。
「正規の連中だけでは手が足りてない。もぐりでも優秀な奴であれば、必要ともされる。問題さえ起こさなければ、ね」
「そうだったんですか……」
「でも違法には変わりないし、その気になればいつでも摘発できる。これに限らず、社会なんてのは暗黙の了解で成り立ってる部分が多いのが実情だ」
「それで王子様は私をどうするんでしょうか……うっ!」
突然、腕を取られた。速すぎて逃げる間もない。この人、かなりの実力者だ。
城から逃げ出したなんて悪びれていたけど、戦いのほうも達者に違いない。
「捕まえる。逃がさない」
「えぇー……。私はお終いですか」
「そうだね。もぐりとしてはね」
「あぁ、もう煮て下さい。焼いてもいいです」
「ただのもぐりが終わったなら、そうじゃないもぐりをやればいい。王国お抱えのもぐりというやつだ」
氷の貴公子の口元が笑う。まさかの展開に言葉が出なかった。
王国お抱えのもぐりとかいう強すぎるワードの意味がわからない。
「無免許の凄腕錬金術師。しかも呪具を生まれ変わらせる……。こんな逸材を捨てたのか、錬金術師ギルドは。アホだろう」
「あの人達はともかくとして、王国お抱えのもぐりってどういう事ですか?」
「それを実現できるかどうかは君次第だ。王宮に来い」
腕を取られている以上、拒否権なんてない。そうでなくても、私は進むことにした。
無言で頷いた私に、王子はまた笑う。だけど、いきなり私の腕を放り投げるようにして離した。
「……おっと! すまない!」
「え?」
「腕を触ってしまった……」
「はぁ……」
慌てふためく王子が、照れ隠しで踵を返す。ついて来いと言わんばかりに歩き出したから、私も歩く。
その先に何があるかわからないけど、こうなったら自分の手で切り開くしかない。
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