第4話 蜜か罠か

 手を上げた直後に後悔する。無免許という事実を踏まえて大衆が見守る中、私はこの呪いの指輪を直さなきゃいけない。

 百万ゼルの魅力がすごすぎて抗えなかった自分が憎い。


「女の子とは意外だな」

「初めまして、アルベール王子。お会いできて光栄です」


 初見を装ってきたから、こっちも初見を貫いた。皆の視線が刺さる中、まずはこの指輪の分析だ。

 メインになってる宝石はプラチナ鉱石で、指輪部分がエイレイト鉱石。プラチナ鉱石の周囲に装飾としてパールムーンを粉末にして囲っている。

 どれも庶民が一生稼いでも手に入らないほどの値がついている。こんなにいい指輪に呪いだなんて、私としても何とかしてやりたい。


「さっきの人が言った通り、王妃らしき女性が憑依してますね。それもかなり昔のドレス……。おおよそ百年前でしょうか」

「そんな事もわかるのか? あのブレスレットにはどんな奴が憑依していた?」

「ブレスレット? 何の事ですか?」

「夢の話だ」


 口が滑ったにしても、誤魔化しが雑すぎる。だけど誰も私と王子が知り合ってるなんて思ってないから、怪しまれている様子はなかった。


「鉱石も呪いも錬金術師にしてみれば、すべて素材です。ただし、ここでいう呪いとは力……。亡霊は含みません」

「よくわからないな」

「呪いのアイテムでも、亡霊がついてないものがあります。それは呪いをかけた主が存在している、いわゆる情念型です。

こちらは比較的、簡単なのですが問題はこの憑依型ですね。ここからは何が起こっても静かにして下さい」

「……いいだろう」


名前:呪いの指輪

効果:【運低下】

   【精神低下】

使用素材:プラチナ鉱石

     エイレイト鉱石

     パールムーン

     呪い【嫉妬】


 呪いの指輪、使用素材を特定した。鉱石の他には呪い『嫉妬』、浮気をされた王妃の強烈な力が宿主を蝕む。

 

「この指輪を身に着けていると何をしてもうまくいかなかったり、ひどい結果になります。次第に宿主のメンタルも蝕まれて、最悪の選択をするでしょう」

「やっぱりそこまでわかるのか」

「やっぱり?」

「夢の話だ」


 夢の話はさておき、まずは亡霊の存在だ。そのまま錬金術を行使すると、亡霊に反撃されてさっきのエクソシスト以上に悲惨な事になりかねない。

 夢に出てきたブレスレットとは違って、亡霊はこの指輪の形状や質にそこまで執着していない。だから、ここをいじっても無駄だ。

 まずは呪い『嫉妬』を『抽出』して、亡霊から切り離す。両手に魔力を集中させて、指輪に注いだ。


「指輪がブレて見える……!?」

「静かにと言ったでしょう! ここからが大変なんです!」


 台から転げ落ちんばかりに左右に揺れて残像を放つ指輪に対して、魔力を操作する。指輪、指輪が持つ力、亡霊、呪い『嫉妬』。

 この中から呪い『嫉妬』だけを抽出しなきゃいけない。他のものまで抽出してしまうと、指輪が崩壊する。

 ここで更に危険だけど『分解』を試みる。素材ごとに分解する魔術で抽出よりも強力な分、繊細なコントロールが効きにくい。

 でも諦めない。『抽出』『分解』の複合系『摘出』! 確実に異物を取り出す!


「そりゃー!」


 指輪から放たれた禍々しく揺らめいている黒い球体にすかさず手をかざす。最後の仕上げ『変換』!

 呪い『嫉妬』が更に歪んで、激しく揺れた。そして粒子状に分散した後、指輪に戻っていく。


「や、やった……う!? なんだ、まだ何か出てきたぞ!」


 王妃の亡霊だ。体中の水分を失った干物みたいな女性が、私に顔を向ける。

 だけどもうお終いだ。亡霊だって力がなかったら何も出来ない。原動力である『嫉妬』を失ったんだから。

 『羨望』になった時点で、王妃の亡霊の力になっていた『嫉妬』はもうない。


「アアア、オオオァァアアアァァァッッッ!」


 なんとも形容できない雄叫びをあげて、王妃の亡霊は天に吸い込まれるようにして消えた。

 亡霊が見えたのは私とアルベール王子だけみたい。他の人達は声も出さずに見守っていた。


「……完了です。この指輪は羨望の指輪として生まれ変わりました。身に着ければ、事態が好転しやすくなります。

といっても最終的には本人の努力次第ですし、必ずうまくいくとも限りませんが……」

「見た目が変わったな……。輝いて見える」


名前:羨望の指輪

効果:【運上昇】

   【精神上昇】

使用素材:プラチナ鉱石

     エイレイト鉱石

     パールムーン

     【羨望】


「ほ、本当だ。形や色は変わってないのに不思議だ……」


 王子が指輪を掲げて観察すると、皆も同調し始めた。呪いや亡霊はわからなくても、素材が放つ魅力は伝わっている。

 あらゆる人を虜にするのもいいアイテムの条件だなんて、お父さんが言ってたっけ。

 一安心していると、拍手をする人が出てきた。


「すげぇ!」

「なんか感動した!」

「君、かっこいいぞー!」


 拍手喝采を浴びて、たまらなく恥ずかしくなる。罵倒されて濡れ衣を着せられた上にギルドを追い出された時の事を思い出しちゃった。

 おろおろしているところで、さっきの白帽子の人が手を差し出してくる。握手をすると、頭を下げてきた。


「怖気づいた私のかわりに祓ってくれて、ありがとう。君は錬金術師らしいが、一体どこで学んだんだ?」

「お父さんが持っていた資料を読み漁ったり、目につく素材を片っ端から研究して試したり……いろいろです」

「お父さんも錬金術師なのか?」


「先客は僕だ」


 白帽子の人と話していると、私の肩に王子が手を置く。


「まさか、あれほどとはね」

「あ、そうだ。賞金を……」

「君を宮廷に招待する」

「え、いや……」

「この僕の誘いを断るというのか?」

「でも、私は……」


 無免許の身だ。王宮への招待なんか受けられるはずもない。だけどもしかしたら、という思いもある。

 成功すれば出世、間違えば投獄。さすがにリスクは無視できない。


「さぁ!」


 手を差し伸べてくる王子の誘いを受けるべきか。私は葛藤した。

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