第2話 森での出会い

 寮を追い出された私は街を去る事にした。単純にあの人達から離れたかったというのが一番の理由だ。

 必要なものは全部マジックバッグに収納して旅立ち、今は王都へ向かっている。

 追放、免許停止がどうしても納得できない。なんで私が? 平民だから? 子どもだから? 思い出すと段々と腹が立ってきた。

 

「錬金術師をやめてたまるか!」


 威勢だけはいい私の声が森に響く。錬金術師は憧れだし、誇りに思ってる。

 幼い頃から村人の為に汗水垂らして働いたお父さんを見ていたからこそ、錬金術師に対する思い入れが強い。

 呼ばれたらすぐに駆けつけて何でも引き受けるようなお父さんが大好きだった。


「人の気配がない森を選んだけど……。やっぱり街道のほうがよかったかな」


 一人になりたくて静かなルートを選んだけど、少し後悔してる。こんなところに盗賊でもいたら大変だ。

 引き返そうかと思った時、草むらがガサリと動いた。身構えると人の頭が見える。盗賊なら襲ってきそうなものだけど。

 もしそうなら危ない。逃げようと思った矢先、向こうも気づいた。


「なっ、なんだ君は?」

「いえ、こっちのセリフですけど……。こんなところで何をしてるんですか?」

「シッ! あっちへ行け」


 ブルーのさらっとした髪にやや童顔の男の子。私と歳はそんなに変わらないと思う。

 身なりからしてそれなりの家柄なのはわかった。そこで一つのアイテムが目につく。腕につけているのは金色のブレスレットだ。


「そのブレスレット……」

「僕に構うな」

「もしかして呪われてます?」

「え……」


 ポカンと口を開けたままの男の子が少し体を震わせる。あのクイーンルビーと同じだ。これにも『呪い』がまとわりついている。

 綺麗なブレスレットだけど、身に着けると外せなくなるだけじゃない。


名前:呪いのブレスレット

効果:【筋力低下】

   【体力低下】


 段々と筋力やいろんな機能が低下して、最後には動けなくなる。よく見たら男の子は少し痩せて、汗が点々としていた。


「君には関係ない」

「でも……」


「いたか!?」


 遠くからの声に男の子が警戒する。


「君はここから離れろ。僕の事は話すなよ」

「そのアイテムの呪い……私なら何とかできるかもしれません」


 つい言ってしまった。これまで見習いの仕事しかしてこなかった私が。

 でも、だからこそ錬金術師として仕事がしてみたくなった。成功するかどうか。

 訝しむ男の子の視線が痛々しくて、つい怖気づきそうになる。


「いい加減な事を言うな」


 辛辣に対応されて引きそうになるけど、グッと堪える。

 私は何の為に錬金術師になったのか。仕事がしたいんじゃないのか。

 自問自答して今度こそ自分を奮い立たせる。


「返事をして下さーい!」


「見つかる……! おい、お前はいいからどこかへ行けっ!」


 男の子にとって、あの人達が都合が悪いのは確かだ。決心した。私は前へ進む。


「あの人達に見つかると、ややこしくなって仕事が出来なくなるかもしれません」

「……君は何者だ?」

「私は錬金術師です。そのアイテムを直せます」


「我がままもいい加減にして下さい! どうか返事を!」


 軽く舌打ちをした男の子が観念してブレスレッドを装着した腕を差し出す。


「……やってくれ」

「はい、ですが……」


 ここまではお父さんと同じだ。私は違う。


「もし成功したら、お代をいただきます」

「か、金をとるのか!? この状況で!」

「技術は、その……安くありません」


 呼ばれたら駆けつけて、無償で仕事をしたお父さん。お人好しすぎて村中の人達から頼られていたっけ。

 私はそんなお父さんが大好きだったけど、苛立ちも覚えていた。過労のせいで朝、ベッドの中で冷たくなっていた時は本気で村人を恨んだよ。でも錬金術師として本当に尊敬してる。だからこそ、技術は大切にしたい。


「手持ちなら三十万程度しかない……」

「十万でいいです」

「こいつ……。そのかわり本当に直るんだろうな」

「はい」


 十万か。私の腕にそこまでの価値があるのかわからない。ここからが錬金術師レイリィの旅立ちだ。


「錬金術『分析』……」


名前:呪いのブレスレット

使用素材:金塊

     呪い【憎しみ】


 呪いの種別は情念型でパワーは『憎しみ』。呪い主はこの金色に異常に執着している。

 ブレスレットに手をかざして、更に錬金術を発動した。


――レイリィ! 錬金術師に必要なものが何かわかるか?


――いいアイテムを作れる事!


――それじゃ二流以下だな!


――えー! なんでぇ!


――いいか! 一流の錬金術師ってのはアイテムを見ただけで、すべての素材がわからなきゃいけねぇ!


――どーいうこと?


――アイテムが持つ力……持ち主の想いや何かしらの情念がまとわりついてるんだ!


 今ならお父さんが言ってた事がわかる。呪いもまた素材の一つだ。

 誰かの負の思念、力。これが見えてこそ、一流への道が開かれる。そうだよね、お父さん。


――そいつがわかれば、どう料理するか! 錬金術師の腕の見せ所だな!


――どうすればいいの?


――お前はどうしたい? アイテムや持ち主にどうあってほしい?


――幸せになってほしい。アイテムも持ち主にも……


――それなら、そう変えてやればいい! それでこそ錬金術師だ!


 ブレスレットに罪はない。持ち主の男の子を含めて、絶対に幸せにしてやる。


「錬金術『変色』……『加工』……」


 金属の色合いを変えて、形もわずかにいじる。これで呪い主の金色という思い入れからかけ離れて、呪いとの繋がりが弱くなった。

 緩やかに呪いが離れたところで私はどうしたい? 決まってる!

 

「抽出!」


 呪い『憎しみ』のドス黒いエネルギー体が空中へ飛び出す。 


――すべてを変えて生み出す最強の錬金術……それはッ!


「変換ッ!」


 持ち主を憎んで弱らせるなら、その逆に変換してやればいい。かなり繊細なコントロールが必要だから、汗も出る。

 錬金術の中でも最高難易度にして、錬金術師の本質。それが『変換』だ。

 ドス黒いエネルギー体が白い発光体へと少しずつ変化していく。もう少し、あと少し!


「仕上げの錬金術……配合ッ!」


 ブレスレットに発光体が勢いよく入り込む。

 一連の流れを夢でも見ているかのような男の子だったけど、我に返った。


「……終わったのか?」


 額の汗を拭ってから、ブレスレットを見る。まとわりついていた呪いが消えて、今はほのかに光る粒子がブレスレットを守るようにして漂っていた。

 その効果は――


名前:守護のブレスレット

効果:【筋力負担半減】

   【体力消費半減】


「……体が軽くなったはずです。それはもう呪いのブレスレットではありません。今はあらゆる消費エネルギーを極限まで抑えてくれるアイテムです」

「さっきまでの重苦しさが消えた……。それどころか、今にも走り出したくなる。なんだ、これは? 何なんだ……」


 男の子が片腕を振り回してから、軽く足踏みをしている。深呼吸をしてから本当に走り出そうとしたところで止まった。


「危ない、危ない……。あいつらに見つかってしまう」


「そこで何か光ったぞ!」


 いよいよあの人達がこっちに来る。無免許だとバレたら面倒な事になりそう。


「お金を!」

「……君を信用しよう。約束の代金だ、受け取れ」

「では!」

「あ! 待て!」


 十万ゼルを受け取ってすぐに逃げ出した。遥か後ろから男の子と追っていた人達の問答してる声が聴こえる。

 もしよくない人達だったら、とは思うけど人の心配をしていられる立場じゃない。成功の余韻に浸る間もなく、私は森の出口へと急いだ。

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