一日の終わりと足りないもの
「お疲れさまです、カガヤさん。やっと空いてきましたね」
「お疲れさまです...」
カウンター席に腰掛け、うなだれる。
疲れた。接客業がこんなに辛いとは思わなかった。酒を出したかと思ったら酒の追加注文。それも出したかと思ったらまた酒の追加。
アルコールはどうしてこんなにも大人の心をつかむのだろうか。
目まぐるしい時間はあっという間だった。
店の中には数人のお客が残るだけ、酔いすぎた客たちは酒の追加も忘れてくだを巻いているばかりだ。
ことり、と、うなだれる頭の横にいい匂いのする皿が置かれる。
「お腹すいたでしょう。ちゃんと人間も食べれるものですよ。」
「ラスタさん、ありがとうございます。」
なにかの肉と野菜を炒めたモノだ。
ありがたく頂く。
考えてみたら、この世界に来て初めての食事だ。
「おいしい。」
「よかった。」
ラスタはニコッと笑みを残して厨房の奥へと入っていった。後片付けでもするのだろう。
最初に出会ったときは無礼な人かと思ったが、そんなことはなかった。普通に良い奴、いい人だラスタ。貴様なんて呼んだり、いきなり皮肉っぽい笑いをする彼女はどこに行ったんだろうか。
もしかすると店をやっている時間限定で、お客さんへの体裁を保つためのキャラ作りか?
...そんな気がしてきた。
「お兄さ〜ん、ごちそうさま。私達も帰るね」
「はーい。ラスタさん、お客様のお帰りですよ〜。」
「ありがとうございます!」
最後のお客から声がかかった。
厨房の奥からぴょこんとラスタが顔を覗かせる。
お会計に関しては彼女に任せるしかない。
手のひら大の妖精のような姿の3人組が喧騒の終わりを告げて店を後にした。
時間は...何時かはわからないが、多分だいぶ遅い時間だろう。
「ありがとうございました。」
「また来るねえ」
カランとドアが閉まり、しん、と音が掻き消える。
ここにいるのはラスタと俺の二人だけになった。お客がいた机の上を片付けて、厨房へと向かう。
「ラスタさーん。片付けておきましたよ。」
ガランとした厨房。さっきまであれ程使われていた食器やグラスはきれいに全て洗われていた。
まな板や包丁などの調理器具も片付けられている。
そこに彼女の姿はなかった。
「ラスタさん?」
皿を台所に起き、厨房の奥にある扉に手をかける。
カチャリ。
と音を立てて、冷たい空気が流れ込む。
扉の奥はぼんやりと明るいものの、隅まで見えるほどではない。
暗闇に目を慣らす。
それほど大きくない部屋には、両隅の壁にくっつくようにベッドが2つ離れておいてある。
すぅ と小さな呼吸音。
部屋の奥側のベッドには、着の身着のままのラスタさんが横たわっていた。
座っているうちに寝てしまったのだろうか。足は床に投げ出したままだ。
彼女もつかれていたのだろう。依頼人の願いを叶えるため、慣れない事もきっとしているのだと思う。料理も会計も世間話もほとんど全て彼女の独壇場だったしな。
起こさないように、そうっともう一つのベッドから毛布を持ってきて彼女にかける。
...とてもきれいな寝顔だった。
やはり貴様なんて言うようには思えない。
おしとやかなお姉さんです、といった感じのイメージの彼女、もしも出会い方が違ったら一目惚れもなくはないくらいには。
...?
違和感。なにか、違うような?
さっきまで働いていた彼女とはなんだか少し印象が違う。
なんか大事なものがないような...。
彼女の姿を見つめていると、段々と俺にも睡魔がやってきた...。
このまま寝たら風邪引くかも...。
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