第3話 ホームでのアクシデント

 アレックスが電話を取ると駅事務室から緊迫した声が流れる。


「業務連絡、次に入線する列車の八両目二番扉付近の座席下に黒の手提げ鞄を忘れたお客様あり。調査をお願いします」

「了解、テル、頼むぞ」

「了解」


 すぐに、当該の列車が入ってくる。

 テルは八両目の一番扉付近へ向かい待機する。

 扉が開き、降りるお客様が途切れた瞬間、テルは大声を張り上げる。


「失礼します! 忘れ物捜索のために通ります! ご協力をお願いします!」


 十代に入ったばかりで背の低いテルは支線が低いため足下の捜し物が得意だ。

 椅子の下に忘れ物が無いか調べる。

 一番扉から入ったのは、お客さまが二番扉の前後どちらの椅子に座ったか分からないためだ。

 見当たらない、二番扉を過ぎ、三番扉まで来てもない。


「念のためだ」


 テルは予め自分が決めたとおり、四番扉へ向かった。

 お客様が勘違いして扉番号を間違えている可能性がある。

 号車を間違えている可能性は低いが、一両当たり五つの扉があるので扉を間違えている可能性はある。

 そして三番扉を抜けた時、椅子の下に申告と似たような黒の手提げ鞄があった。


「済みません! この鞄の持ち主の方はいらっしゃいますか?」


 周りのお客様に話しかけ、確認する。

 持ち主を名乗る乗客はいなかった。


「失礼します!」


 鞄を手に取ると、一番近い四番扉に向かう。

 乗り込むお客様をかき分け、テルはホームに降りた。

 ここまで四〇秒。扉の間隔は五メートルなので、一番から四番ま一五メートル。

 お客様をかき分けながら、鞄を探し、手に取って持ち出したことを考えると、素早い。

 だが遅延となってしまう。

 急いで出発させなければ。


「乗降よし」


 アレックスが旗を振って、車掌に扉を閉める合図を出す。

 扉が徐々に閉まるが、テルは車内の異変に気が付いた。


「開扉!」


 テルは赤い旗を振り車掌が閉じかけていた扉を開けさせた。


「どうしたんだ」


 アレックスが声を掛けると、扉が閉じかけた車内からお客様が飛び出してきた。

 居眠りをして扉が閉まる直前に目覚めて、慌てて出てきたようだ。

 このようなお客様は多いし、危険だ。

 駆け込み乗車が危険だというアナウンスは多いが、現場に立つと駆け下り降車が危険だ。

 ホームに向かって階段を走っている姿を見つけるのは簡単だが、車内、それも二五メートル五扉車両一六両編成のどこから出てくるか分からない。

 運悪く身体が挟まれたら事故に繋がりかねない。

 何とか、事故を回避し電車を三〇秒遅れで発車させることが出来た。


「やるなテル」

「気が付いてくださいよ」


 テルは呆れながら言う。

 学園に入る前の事前研修及び審査で臨時雇いをしているテルでは無く、正規駅員ののアレックスが気が付くべきだった。


「いや、エンジェル女学院の女学生が見えたからさ。あそこの制服のデザインが心に刺さるよいデザインでさ」


 その返答にテルは顔が引きつった。

 次の列車が入ってくるまでアレックスを睨み付けた。

 アレックスがテルの視線に気がつくことはなかった。

 女性の悲鳴がホームに響いたからだ。


「きゃああ、痴漢よ!」


 駅長への通報も検討していたテルの耳に女性の叫び声が聞こえた。

 見ると数人の女性に囲まれた男性がいた。


「ちょっと行ってきます」


 アレックスにまともな仕事はできないと判断したテルは、自分で向かおうとした。


「いや、ここは俺が対応する」

「制服の花壇だからですか」

「ああ」


 見ると女性達は全員違う学校の制服を着ていた。


「それと、テルにはやってほしいことがある」

「はい?」


 疑問符を浮かべながらもテルはアレックスの指示に従って動き出した。

 そしてアレックスはもみ合いが始まった場所へ近づく。


「どうしましたお客さん?」

「この人が彼女に痴漢をしていたんです」


 高校生にしてはスラリとした長身の女性が小柄な女の子をかばうように抱きしめながら、男性を指さして問い詰めていた。


「ち、違う。私はやっていない」


 しかし男性は強く否定する。


「往生際わりーぞ」

「そうだそうだ」


 周りにいたポニーテールの女の子やボブカットの女の子も加わり、男性を追い詰める。

 そこへアレックスが割込み男性に話しかけた。


「ああ、分かっていますよ。ちょっとお話を聞くために事務室によってもらってもよろしいでしょうか?」

「い、いやだああっ」


 男性はアレックスの言葉に顔が青ざめ叫ぶと反対側のホームへ駆け出した。

 端に近づいても速度は緩めない。線路の上に飛び降りるつもりだ。


「おい、テル、頼むぞ」


 アレックスが言うと、指示通り反対側のホームに待機していたテルが駆け出し、男性を取り押さえた。


「うぐっ」


 テルは十代前半の小さな体だが、獣人の兄弟が暴れるのを制圧するため投げ技や関節技を研究しており、一般人なら倍の体格差があっても制圧することができる。

 勢いの乗った男性をホーム内側に向かって投げ、抑えつけた。


「よくやったテル」


 入線する電車の前でテルに抑えられうなり声をあげる男性にアレックスは告げた。


「では、事務所に向かいましょう。すみませんが皆さんも来ていただけませんか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る