第2話 駅員の心構え
「お、あの青のスカートに白い上着、青のラインが入った白のスカーフはミネルヴァ学園の生徒じゃないか」
だが隣から流れてきた軽薄な言葉がテルの緊張感を削いだ。
言ったのは同じく国鉄の制服を着たアレックス。テルとは違い、正規の駅員だ。
長いこと駅員をやっており、優秀なはずだ。
でなければ臨時雇いとはいえ新人であるテルの教育を任されるわけがない。
「お、あっちの金の刺繍が入った緑のブレザーはフェリス女学院だ」
「……」
しかし女子生徒の制服に興奮する姿は、ただの制服フェチだ。
昭弥の沿線への学校誘致活動と所得向上による中産階級の教育過熱により多数の学校ができた。
沿線にあるために遠方の学校でも電車通学で通える。そのため、朝のラッシュでは学生や生徒の姿が多い。
通学定期収入と登下校時の駅ナカ消費を狙ったのでこれはよろしい。
だが学校が増えすぎたため各学校は生徒や志願者を増やすためのアピールを欠かしていない。
制服もその一つで、特色のある制服に変えることであの制服を着てみたいと思わせ志願させる。
そのため非常にカラフルで色鮮やかな制服が駅の中に入り乱れている。
化学繊維産業の発達により新素材が発明され、様々な服が毎年のように発表されている。
中には表面がテカテカと輝き体にフィットした制服さえあり、目のやり場に困ることもある。
そんな状況のため制服フェチが出てきたのは仕方なかった。
「アレックスさん。仕事をしてください」
「おお、こっちはソフィア女子高の制服だ。赤のセーラー服は珍しいんだよな」
「……」
仕事そっちのけで制服ハントをする姿にテルは苛立ちを覚えた。
「何を笑っているんだ」
苛立ちで、国鉄で一番厳しく技量優秀とされる研修センターの教官の言葉がテルの頭でフラッシュバックした。
「勤務中はお前の一挙手一投足が何百、何千、何万ものお客様の命がかかっているんだ。ここは研修センターだが、ここを終えて実地に立ったとき、それでミスをしないか? ミスれば多くのお客様に迷惑がかかる。なのに何でお前は笑っていいるんだ」
アルカディア鉄道園――鉄道をテーマにした博物館とテーマパークが融合した教育型の野外施設。
鉄道の広報と鉄道を通じた教育のために設立され、一般人でも楽しめる。
だが、少し高額の利用料を支払うことにより本格的に鉄道員の研修を受けたい人々のための体験施設として研修センターが設置されている。
そこに集まる教官達は国鉄の中でも現場で優秀な成績とずば抜けた技量を持った職員が配属されることで有名だった。
国鉄職員向けの研修センターに配属するべきと言う声もあったが、
「ある程度、業務に慣れた経験ある鉄道員なら言葉でも十分に伝わるが、経験もなく、まして学習能力も途上の年少者には言葉で言っても通じない。ならば、手本になる完璧な動作、言動を見せて憧れを抱かせ脳裏に焼き付ける以外の方法はない。そのためには国鉄内でも最高の技量を持つ職員を配置する以外に方法はない」
というテルの父親である昭弥が考えてのことだ。
そのため、初心者であろうと一般人であろうとセンターの研修は厳しく、容赦が無い。
テルも入ってすぐに鉄道員の制服を着たことがうれしくて笑った瞬間にこの言葉をぶつけられた。
普通の子供ならへこむだろうが、鉄道員に憧れて門をたたいた者達のため、すぐに気を引き締めて研修を受ける。
「その腑抜けた顔でミスを起こしてみろ、大勢のお客様が迷惑するぞ。大勢の方の命を預かっている。そして電車は巨大な凶器でもあり、接触しただけで重傷だ。そうなったときお前に責任がとれるか」
そう言われたテルは以降、気を引き締めて研修を受け、優秀な成績を収めた。
研修センターでの研修を優秀な成績で収めた生徒達は、殆どが現場へ志願し優秀な鉄道員として評価を受ける。
テルもセンターから帰ってきてもあの時のことは忘れず、むしろより深く心に刻み付けて臨時雇いとなっても職務に当たっている。
研修終了者のなかで鉄道就職者の殆どが、今の自分があるのは研修センターの教えがあるから、あのとき徹底的に基本をたたき込まれたおかげで、現場でも自己研鑽でも研修センターでの事を思い出し進むことが出来た、と言っている。
テルも同じだった。
現場に入っても頑張っている。ラッシュで忙しい中でも頑張れるのは研修センターでの教えがあったからだ。
特に一番線は環状線各駅停車が走っておりラッシュ時は二分間隔で来ている。
駅間も一分少々と短くちょっとした遅れで電車が詰まってしまうので気が抜けない。
それでもこなせるのは、研修のおかげだ。
なのにアレックスの言動を見ていると怒りが湧いてくる。
元老院では風紀の乱れを恐れて過剰な制服を制限するための法案を審議中だと聞くが、緊急勅令を発して制限すべきでは、ついでに制服フェチを重罪に処す法案を作り、この不真面目な先輩を独房に叩き込むべきではとテルは思った。
皇太子だが父である昭弥が、別に継がなくてもよいという立場のため保留しているが、こういう事案に遭遇すると立太子を受けるべきではないか、と思ってしまう。
その時、柱に設置された電話が鳴った。
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