短編その1 あかい顔の受験生

パシャ!!


「よし! いい写真が取れたぞ・・送信っと」

立派な料理に包丁にまな板、雑多に散らばるネギのとなりには周辺のうつわの周りだけが撮影のために片付けられている。

タケルはスマートフォンのコメントを覗き込みニヤリと笑った。


「レストランのような夜食・・」

「タケルの夜食タイム見るのがオレの日課、オレも腹減った・・」

「夜食先生・・・」


スマートフォンをギュっと握りる。


ギュ! ギュ!


「中身はレトルトなんだけどな。見た目に騙されちゃダメだぞ。そう。。中身を詰め込まなきゃ」

キッチンの電気を消したタケルは壁の感触を頼りに部屋へ戻っていった。

・・・・

カーテンから差し込む日差しにこわばった瞼を開いたタケルが食卓へ向かうと奇麗に片付けられたキッチンとテーブルには新聞を読む父、小柄な体に大きい制服を着こんだ妹が味噌汁をすすっている。

イスに腰かけると「トン!」と味噌汁が置かれた。

「タケル 勉強の方は進んでる?夜食だったら私が作ってあげるわよ。ねえ タラコをコンガリ焼き上げたおにぎり。食べたくない??」


タケルは目の前の味噌汁を慌てて「ゴクリ」と飲み込んだ。

「・・いや・・ 夜食はいいから 金をくれ!レトルトを買うんだ」

「そう・・」

手のひらを目の前に突き出すと母親はエプロンのポケットから財布を取り出してジャラリと乗せた。

「お兄ちゃんばっかりずるい!!」

タケルは視線を下げて妹を見下ろすが同じように突き出すが妹は残念なことに袖が長くて手乗りが指しか出せていない。

母の財布はポケットにしまわれた。

「お小遣いはあげているでしょ?うちはあなたたちを抱えてこれから大変なのよ」

「だって 友達とパフェを食べに行きたいし 電車に乗らないといけない場所にあるのよ」

「電車でパフェ?SNSね?見た目は奇麗かもしれないけどパフェだって普通のものより高いんでしょ?はぁ・・・」

ため息をついた母は ポケットの中からコインを一枚だけ取り出して握らせた。

妹は残念そうな顔をしているけどその時 父が立ち上がった。


「これはニュースだ!!」

新聞の広告を突き出して

「飛ぶ飛ぶ ぶっ飛びゴルフクラブ!今なら50%OFF 会場にて抽選会もやってま~す」


「お父さん」

「おとうさん」

「はぁ・・・お父さん。それは 無理よ」

うなだれる父親はいつの間にかに食事を済ませて席を離れようとするが母親が微笑む

「あなた ミサキが週末に帰省するかもしれないわよ。メッセージが来ていたの」

「お・・おう そうか。そうか。元気なのか?」

「ええ 順調みたい・・」

父親は一つ うなずいて食卓を離れた。

・・・・

ドスン! ゴトン・・

「ただいま~」

「お帰りなさい・・って あなたその荷物はいったいどうしたの?」


物音を立ててドアを開けた父親が帰ってきたと思ったら大きな段ボールと重たそうなバッグを背負っていた。

「ゴルフクラブ、買っちゃった ははは」

「はぁ・・ 何やってるのアナタ!」

母親はエプロンのポケットに手を入れて財布を握りしめだした。


ギュ! ギュ!ぎゅぅぅぅぅぅ・・。


なんか見ていて 胸のあたりがザワザワしてきたぞ。

「お父さん お帰りなさい。すごい荷物だね。俺 勉強があるから部屋に戻るわ」

「タケル、待ちなさい。ほら お土産があるぞ。ゴルフの店で抽選があったんだ。タケルの夜食にピッタリだと思ってな。お父さん頑張ったんだぞ」


太陽のような満面な笑みを浮かべる父が差し出した段ボール箱には「赤いきつね」と書かれたカップ麺が入っていた。

「夜食のお供じゃないか!」

「受験勉強頑張れよ」

12個入りの赤いキツネが2箱。

それは1カ月後の試験の日を暗示させるような個数だった・・。


それから今日の夜食の時間がやってきた。

父親はやらかしてしまったけど カップ麺だけはありがたく頂こうと思う。

ただ スマートフォンで検索をしているけど夜食の構図が決まらない。

沸騰するヤカン。そろそろ 火を止めないと物音で家族が起きてくるかもしれない。


「そうだ ネギ・・」


俺は カップから銀色のスープの素を取り出して違うお椀にお湯を注いでみた。

ネギとスープの香りが舞う。


だけど この後麵を入れたのでは 普通の写真になってしまう。

「お揚げ」を取り出し細く切っていく。

お揚げが足りないので冷蔵庫からお揚げを追加した。


「お揚げ麵?・・いいや 列車?? そうだ SMSのタイトルは無限アゲアゲ列車にしよう」


SNSの反応もそれなりにあった。

テーブルに散らばったネギは 俺の奮闘を物語っているような気がしたのでそのままにして勉強に戻ることにした。

・・・・

次の日になって姉ちゃんが帰ってきた。

この日は家族全員でお出迎えをする。


「ピンポン!!」


妹が玄関へ駆けだしてドアのカギを開けると姉ちゃんが現れた。


「さえこ~ ただいま。よしよし。私のお下がりの制服を着てるのね?大丈夫よ~私の制服を着たからには頭がどんどん良くなるし、背も伸びるはずだから」

「うん」


父が姉ちゃんのカバンを担ぎ、母は微笑むとさっそくハグをされていた。

「ミサキ 順調なの?」

「うん でも実家でのんびりしようと思って帰ってきたの。気分転換ってしたくても思った以上にできないものなのね」

「そうよ。私もあなたを産むときは大変だったんだから。でも安心して思ったよりも大丈夫なものだから」

「お母さん ありがとね。 それはそうとタケル!試験が近いでしょ? 息抜きがてら私が勉強を見てあげるわ。それもあったから帰ってきたのよ」


「姉ちゃんは 子供を産むことに専念すれよ」

薄ら笑いの表情で 赤ん坊が生まれる前なのに、はだけた胸元のボタンを直しその指先をこちらへ向ける?

「あっち向いてホイ!ホイ! ふふふ。あら?いいの? ほんとうに?もったいないわよ」


俺は勉強するからといって自室に戻った。

「調子が狂わされる。でも IQ180の天才か。だけど 姉の人生って・・平凡」


俺は 俺の華々しい人生を目指して頑張ることにした。


「きゃーーー」


姉ちゃんの悲鳴だ。

イスをひっくぎ替えして 扉を押しのけてキッチンへ向かうと

両耳の耳たぶを両手でつかんだ姉ちゃんがいた。


「タケル あなたでしょ?カップ麺のスープだけ取り出すだなんて頭がおかしくなっちゃったの?」


「カップ麺は ほかにもあるだろ?そっちを食べろよ」


「もう お湯を入れちゃったのよ」


「じゃあ 違うカップ麺からスープの素を取り出して入れればいいだろ?」


「それじゃ 堂々巡りじゃない!!」


ケンカをしていると母親が一足遅れてやってきて事情を聞くと鍋にお湯を沸かして麺つゆを作り始めた。

「うまく出来るかわからないけどね」


「お母さん 無理よ。あのスープは私にも再現できなかったわ」


「ミサキは考えすぎよ。私たちが期待しすぎたせいもあるけどあなたはいつも何かを考えている。もっと肩の力を抜いて。でないと赤ちゃんにも伝わっちゃうわよ」


「うん・・」


素直な姉ちゃんが子供に見えた。

だけど カップ麺のつゆなんて本当に再現が出来るのか?

あれは 工場とかフリーズ何とかっていう特殊な方法じゃなければ作れないに決まってる。

母親はキッチンの棚から かつお節を取り出すと鍋の上でパカっと開けて袋を逆さまにした。


「おお 何の匂いだ?」

「いい匂いね~ お姉ちゃんなの?」


家族の声がする。家中にかつお節の香りが広がった。

これはもしかして・・。そう思ってスマートフォンのカメラを取り出し母の方に向けた。

「やっぱり これじゃ 足りない・・でも これでいいわ」


家族が全員揃ったけど母親は淡々と鍋を動かして カップに麺とつゆを入れると一つを俺に差し出した。

「食べてみて」


ゴクリとツバを飲んでいっきに 麺をすすった。

味はあっさりしたいつもの味。いつもの味だ。

だけど 「はぁ~ 」と胸をなでおろすとカツオの香りが鼻を通った。


「美味しい・・・香り??」

俺はカメラ機能をOFFにしてスマートフォンをポケットにしまった。


母親が微笑む


「タケル 今晩からの夜食だけど私が作ってあげようか?」

姉ちゃんが 腕を組んで胸をギュっと押し当ててきた。

「タケル 姉ちゃんが勉強を教えてやる!」


俺の返事は もちろん決まってる

「うん 頼むよ」


パチパチ

パチパチ

何かわからないけど 父親と妹が拍手をしていた。

いったい何が 起こったのかわからないけど嬉しそうな顔をしている。

俺も 合格の前祝をされているみたいで思わず万歳をしてグルリと一回転をした。


「よっしゃ! やるぞ!!」

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カップうどんと共に もるっさん @morusan

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