第3章
入ってくるなり、レダは無遠慮に部屋を見まわした。
「やっぱりホームスペースって何もないのね。なんだか安心したわ」
「人を呼ぶこと想定してないからね」
ブラッドバスはこの日のために2脚セットで買った椅子に腰かけた。レダがとなりに座る。
フォロワー5人殺人事件の話を聞いた3日後、チョコが被害者である常連客の連絡先を教えてくれた。それをレダに話したところ、「いっしょに調べたい」と言いだしたので、バウンサーのシフトが終わってからホームスペースに来てもらった。
まずは殺された5人がフォローしていた配信者のサブストリームチャンネルを表示する。
のんぷちチャンネル フォロワー数 5
あらゆる事象にノンノンノン
超否定系ネガティブ美少女・のんぷちこと否見沢のんです
逆張りぷちたみ集まれ~
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論破される準備はいいですかぁ?
再生回数 8
「何だコイツ」
ブラッドバスは顔をしかめた。
レダが窓に指を当て、スライドする。
「これけっこう長くやってるのね。1年くらい?」
「こんな再生数でよく心折れないな」
ずらりと並ぶサムネイルの中でトリコロールのワンピースを着た金髪の少女が笑ったり泣いたり変顔したりしている。努力のあとは見られるが、悲しいかな、再生数はどれも1桁だ。
「話題作りのために自分のフォロワー殺したとかかしら」
「食いついたのがわたしたちだけって時点で大失敗だよなあ」
サブチャットの方も見てみたが、何かで炎上しているわけでも誰かにクソリプもらって揉めてるわけでもなかった。そもそも誰からも相手にされていない。この配信者本人に対する怨恨という線は薄そうだ。
次に、チョコから紹介してもらった被害者のひとり、ぷちたみトーマ@petitamiThomaとボイスチャットをつないだ。
「あ、どうも。ぷちたみトーマです」
「はじめまして。ブラッドバスと申します」
窓越しにお互い頭をさげる。リモート面接を思い出すやりとりだ。
「バウンサーの方ですね。チョコちゃんから話はうかがっています」
ぷちたみトーマはワイシャツの上にライン入りのニットベストを来てショートパンツを穿いた少年だった。お洒落とかじゃないガチのマッシュルームカットで、お坊ちゃまっぽい。まあそんな彼もチョコの豊満な肉体にしがみついてヘコヘコしているわけだが(偏見)。
「あなたが殺されたときの状況を教えてください」
「アーケードに行こうと思ってホームスペースから歩いていたら、突然撃たれました。あとで目撃者の話をサブチャで見たのですが、車の中から撃たれたみたいです」
地図と画像が送られてきた。犯行現場はアーケードの3ブロック南だ。治安が悪い地域なのかどうかはわからない。画像には黒のセダンが写っている。ウインドウが半分開き、黒い棒状のものがのぞいている。スフィアの車はすぐに処分できるので、調べても犯人には結びつかないだろう。画像の情報を見ると、作成されたのは7月29日――ちょうど1週間前だった。
「犯人に心当たりは?」
「全然ないです。スフィアではチョコちゃんのところに行くか、のんぷちの配信観るか、ゲームするかって感じなので、誰かとトラブルになったことはありません」
「チョコさんが黒幕だったりして」
耳元でささやくレダをブラッドバスはにらみつけた。
「殺された他の4人と面識はありますか?」
「スフィアでもリアルでも会ったことはないです。のんぷちの配信のいつメンなので、知りあいっちゃ知りあいですが」
「その4人からも話を聞きたいのですが、紹介していただけますか?」
「いまから連絡してみます」
VCを切ってから、ブラッドバスは腕を組んだ。
怨恨が原因でないとすると、犯人さがしはかなり難しくなる。リアルとちがってスフィアでは物証など存在しないに等しい。
「けっこう殺意高いわね」
レダが車の画像を見つめる。「窓は全部スモークにして、歩道に近い車線を走って至近距離からショットガンで撃ってる。最初に事件の話を聞いたとき、いたずらみたいなものなんじゃないかと思ったけど、意外とガチだわ、これ」
「なんでそこまでするんだろうなあ」
ぷちたみトーマから被害者のリストを送ってもらったので、ひとりずつコンタクトを取ることにした。
げんちゃん@genchannel_sstrmはボディビルダーみたいな筋骨隆々の男だった。発達したバーチャル大胸筋でタンクトップがピチピチになっている。
「俺は車で轢かれたんだよね。ふつうに歩道を歩いてたんだけど、うしろからドンって来て。即死じゃなかったから走り去る犯人の車が見えたけど、白いコンパクトスポーツだった。恨みとかは特に買ってないと思うけどなあ」
「なるほど」
おさかな@osakanafishは細いスーツを着たホスト風の男だった。そういうロールプレイなのか、毛束感キツめの髪をしきりにつまみながらしゃべる。
「俺、最近カジノにハマってるんですけど、この前行ったら客同士の喧嘩がはじまって、片方がいきなり銃を抜いて撃ちはじめたんですよ。その流れ弾が当たって、俺死んじゃいました。単なる事故だと思ってたんですけど、他のぷちたみさんも殺されたって聞いて、これ何かあるんじゃねーのって思って。誰かに恨まれてはないですね。基本引きこもりなんで」
「なるほど」
ぷちたみミミワ@mimimiwaは大学生風の小柄な女性だった。内気な性格らしく、胸の前で指をもじもじと絡ませている。
「わたし、マッチングアプリをよく使ってるんですけど、この前公園で待ちあわせをしたら相手が来なくて、そしたらいきなりナイフを持った人に襲われて殺されてしまって……。やっぱり公園での待ちあわせはよくないですね。次からは屋内にします。恨みというか、前に会ったことある人がストーカーになったりってことは何度かあります」
「なるほど」
レミー@mortalhead03は革ジャン革パンのイカツい男だった。グラサンと顔の下半分を覆う濃いヒゲのために表情が読めない。
「単車転がしてたらトラックに追突されたんだよ。とんでもない距離吹き飛ばされたね。シノが最初にバズった動画知ってる? あの動画でバイク乗って吹き飛ばされたの、あれ俺なんだよ。あのときは生き延びたけど、今回は死んだ。恨みは買ってるだろうな。チーム組んでたときには他とバチバチだったし」
「なるほど」
聞き取りを終えたブラッドバスはすべての窓を閉じ、ため息をついた。
となりでレダが脚を組む。
「何かわかった?」
「なんにもわからん」
とりあえずみんなVRライフを満喫してるということだけはわかった。
殺害方法は多岐にわたり、犯行現場は広範囲に散らばっていて、犯行日時はぷちたみトーマの殺された7月29日の前後に集中している。単独犯ならちょっと忙しすぎる。だが組織的犯行だとしたら大袈裟すぎるように思える。のんぷちファンとはそこまでして滅ぼさなければならない集団なのか。
「被害者の行動を洗ってみるか」
ブラッドバスは被害者たちにメッセージを送った。
殺される前のアカウントのスフィアタグとIDを教えてください
まもなく旧垢の情報が手元に届いた。ざっと検索してみると、げんちゃんの旧垢・げんちゃん@genchan_jpのサブストリームチャンネルの魚拓がひっかかった。旧げんちゃんは2ALで殺されてしまったのでチャンネルが消滅してしまっている。
「ゲーム実況やってたんだ」
「フォロワー500人って……自分の推しより多いじゃないの」
サムネの中の旧げんちゃんは毎回黒いTシャツを着ている。その胸には「のんぷち」と大きく書かれていた。なかなかに主張が強い。
ブラッドバスはそれをじっと見つめた。
「レダ、他の4人がスフィアに足跡を残してないか、誰かに言及されてないか調べて。わたしはげんちゃんにアーカイブを送ってもらって、怪しい奴が映ってないか調べてみる。とりあえず、死ぬ前の1週間分」
「これ1本4時間あるけど……」
「捜査には手間がかかるんだよ。この間あった博多の脱走事件も捜査員何千人とか投入してたでしょ。警察とちがってこっちは人手が足りないんだから、気合で勝負よ」
ブラッドバスはメッセージを書いてげんちゃんに送信した。
翌日、わたしはレダに揺り起こされた。正確には、レダが揺らすのはブラッドバスの体で、わたしは彼女の声で目をさました。
「あ~、寝てたわ」
「VR空間で寝るって、未来に生きすぎてない?」
レダがあきれ顔で言う。
わたしは体を起こし、伸びをした。机につっぷして寝ていたため、HMDが目のまわりに食いこんで痛んだ。水筒のストローを吸う。ぬるい麦茶が渇いた体に染みていく。
「動画観たよ。30時間分。3倍速だけど」
「ホントどこから来るわけ、その情熱?」
汗でじっとり湿ったTシャツを脱ぎ、顔を拭う。いつものくせで鼻から息を吸いこみ、臭いを確認してしまう。いい感じに酸っぱくて、仕上がっていると感じた。
「そっちは? 何かわかった?」
「なんにも。みんな真面目にやってるわ。アーケードに週一で通う悪い子がいる以外は」
「わたしはひとつ手がかりを見つけた」
根元が蒸れる髪の間に指をつっこんで掻きながら、わたしはもう片方の手で虚空に直方体を描いた。ブラッドバスの手元で窓が開かれる。
「7月26日の動画、35分過ぎのとこから観て」
レダがとなりに座って窓をのぞく。
この日、旧げんちゃんが実況していたのは『クッキングバトルグラウンド』――没入型のクッキングバトルゲームだ。20対20のチーム戦で、料理の出来を競う。
「へえ、おもしろそうね」
「でもこれクッソムズいよ。リアルで料理できないと勝てない。中国のガチ勢がこのゲームで腕を磨いてリアルでレストランをオープンさせたって最近ニュースになってた」
げんちゃんの腕前はエンジョイ勢以上ガチ勢未満といったところだった。配信者としては並レベルだろうか。
中華ステージで、げんちゃんはのんぷちTシャツの袖をまくって中華鍋を振るっていた。おたまで調味料をちょいと掬って鍋に入れる手つきは板についている。
「すご~い。プロみたい」
レダが目を丸くする。
「はいよっ、チンジャオロースーあがり!」
完成した料理をチームメイトが運んでいく。皿をキッチンとホールの間にあるカウンターに置けばチームにポイントが入る。
「あっ、ちょっと! 何やってんの!」
げんちゃんがとなりのコンロに向かって叫んだ。
デフォルトのままでカスタムしてなさそうなシンプルすぎるアバターの2人が料理の受け渡しをしている。中華鍋から皿に移されているのは巨大なプレーンオムレツだ。
「いま中華ステージだからオムレツはポイントにならないんだけど」
げんちゃんが言うと、デフォルトアバター2人は鍋と皿を乱暴に投げ出し、掻き消えた。ゲームサーバーから退出したのだろう。あとには逆さになって皿の下で潰れたオムレツだけが残された。
「こわ~。何あれ」
げんちゃんが8人の視聴者に向かって語りかける。ブラッドバスはそこで動画を停止した。
「えっ、何? これだけ?」
レダが窓を二度見した。
「いや、トラブルって呼べるの、これしかないのよ。げんちゃんマジでナイスガイ」
「さすがにこの程度の揉め事じゃ殺人につながらないでしょ」」
「じゃあこれを見て。配信に乗ってない一人称視点」
動画を再生し、拡大する。
0802N144a
謎の2人が手にしていたオムレツの上にケチャップでこう書かれていた。
「この人たちがコソコソしてたのはこの暗号をやりとりするためだったんだよ!」
「そんなことある?」
「試しに0802N144aで検索したら、サブチャットの垢がヒットした。去年の3月に映画の感想つぶやいたのを最後に更新が途絶えている。この沈黙が事件のカギを握っているのでは……?」
「いや、絶対ちがうでしょ」
レダが窓を開き、バーチャルパッドで何か打ちこみはじめた。「0802……何か関係ありそうなことは……古いミニカーの型番。ちがうわね。どこかの大学の授業の番号。これもちがう……。8月2日ってことかしら。先週の火曜ね。これはどう? ノベオカ・スワップミートのスペース番号。8月2日のN144a、扱うジャンルは『洋服・小物』って書いてある。今日は別の店になってるけど」
「おいおい、名探偵か?」
「これくらいすぐわかるでしょ」
スワップミートはスフィア内で開かれるフリーマーケットのようなものだ。サブライムを介しての取引になるので、リアルの物も出品できる。オークションやフリマアプリとちがってリアルタイムで会話できるので安心らしい。
「いまから行ってみるか。朝一で体を動かしたら頭も働くようになるからね」
「まずHMDの電源切って散歩でもしてきたら?」
レダの言うことは無視して、わたしはあたらしいTシャツを着るべく椅子から立ちあがった。
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