第2章
面接官から隔てられた場所にいて、わたしは上がジャケットYシャツ・下は短パン脛毛未処理という格好でいる。
「
画面の中の男は30代半ばくらい。Tシャツにジャケットというビジカジスタイルだ。
わたしはノートパソコンのカメラに向かって語りかけた。
「3年間、営業をやっておりました。熊本市内を走るバスの広告がメインの会社でしたので、地域密着型といいますか、そうしたクライアントさんにいろいろとご提案させていただくという形でしたね」
「なるほど」
「あとはイベントの企画等もしておりました。くまモンを楽屋からステージまで案内したこともあります。『くまモンさん入られま~す』って言ったりして」
「ハハッ、なるほどですね」
男は手元に視線を落とす。「ところで、我が社のVR広告事業に興味をお持ちだそうですが」
「VRはこれからさらに伸びていく分野ですので、個人的に研究をしています。実は前の会社を辞めてからスフィアでバイトをしていまして……」
「ちなみにどんなお仕事を?」
「まあ何といいますか……お客様対応窓口という感じですかね、ハハッ」
面接が終わると、わたしはパソコンを閉じてジャケットとシャツを脱ぎ捨てた。部屋を出て階下に向かう。
「う~、おやちゅおやちゅ」
父も母も仕事なので、家には誰もいない。わたしは台所の棚をさぐった。
「おほっ、黒糖ドーナツ棒!」
口に放りこみ、すかさずマグカップに注いだ牛乳を飲む。黒糖の濃い甘みが冷たい牛乳に溶けて滑らかになる。この組みあわせはいつだってまちがいない。
それにしても、あのくまモンのエピソード、あんなに反応が薄いのは意外だった。親戚の集まりで年2回披露して毎度めちゃくちゃウケるのだが。くまモンを先導するときの三下ムーブを再現しなかったのが敗因か。
母から通話が来たのでスマホを開く。
「
「バッチリよバッチリ。手応えあり」
「あと何回あるの?」
「2回かな。最後に社長が出てくる」
「博多行くの?」
「いや、どっちもリモート」
「受かるといいね」
「そうね」
「今日何か食べたいものある?」
「うーん……ドーナツ棒また買ってきて」
「わかった」
通話を切ってスマホを短パンのポケットにしまう。
新卒で3年勤めた会社を年度末で辞めて4ヶ月、ずっと家でぶらぶらしているが、父も母も優しく受け入れてくれていた。その居心地のよさが居心地悪い。あるべき場所・あるべき自分から隔てられていると感じる。
別の町で就職して、一人暮らしして、それで何が変わるのかはわからない。だがわたしは動かなければならない時期に来ている。
「さ~て、おちごとするかぁ」
2階の自室にもどり、HMDを装着する。
もうひとつの自室にブラッドバスが立つ。
アーケードの関係者は、キャストもバウンサーもPSGの隊員も、アーケードのビル内に個室のホームスペースを与えられる。そうやって疑似集団生活をしているせいか、ここの人間は仲間意識が強い。
部屋を出て廊下を行く。ここを通れば、客の目に触れずに各店舗のバックヤードに出られる。
廊下の端にはラウンジがある。表の店とちがって何の個性もないのっぺりとした空間にテーブルと椅子が置かれている。
いつものメンバーが集まるいつものテーブルにつく。
「お疲れ」
「あ、お疲れ~」
となりに座る
「それ、どうしたの?」
「常連さんからもらった。『今度来るとき着けといて』って」
彼は男の娘専門店「しーくれっとれっすん」のナンバーワンだ。
「服に合ってなくない?」
その店のバウンサーであるトキオ@Tokio2018が言うと、らむねくんは椅子の上で膝を抱えた。
「いいんだもん。お客さんの真心がこもってるんだから」
そう言ってぷうっとかわいらしく頬を膨らませる。セーラー服のかなり短いスカートの下から水色と白の縞パンがのぞく。もちろん股間はかわいらしく膨らんでいる。
一方のトキオはバニーガールの格好で、もちろん股間は膨らんでいる。
「なあブラッドバス――」
ファントム@fantomboyがこちらを向いた。「盗撮犯を殺したんだってな」
彼はPSG「アーケードアーミー」の隊員だ。白い野戦服を着て、顔は骸骨のマスクで覆っている。
ブラッドバスは銃を構える真似をした。
「グダグダ命乞いしてたけど、問答無用でズドンよ」
「報告書を読んだけど、よく盗撮に気づいたね。さすがミシェル姐さんだわ」
チョコ・ケンドール@WanWanDollがその豊満な体を揺らす。彼女はケモ娘専門店「LOVE BITES」のキャストで、アーケードでも一、二を争う人気者だ。顔も体毛もゴールデン・レトリーバーみたいだが、おっぱいもお尻も人間みたいで大きくて、土偶みたいなシルエットになっている。蛍光ピンクのマイクロビキニがいまにもプツンと切れて弾け飛びそうだ。この体にしがみついて腰をヘコヘコさせたいショタキッズたちで予約はいっぱいらしい。わたしとしては乳首がどうなっているのかどうかが非常に気になる。
ふと、遠くのテーブルを見ると、レダがひとり座って窓に視線を落としていた。
「おーい、レダ」
ブラッドバスが手を振ると、彼女はこちらにやってきた。
「これはレダ。わたしのあたらしい相方。みんなよろしくね」
レダはいつメンたちと挨拶を交わし、ブラッドバスのとなりに腰をおろした。
「そういえば――」
チョコがぽんと肉球を打ちあわせる。「おもしろい話を聞いたんだけど」
人気者だけあって、彼女のもとには様々な情報が流れこんでくる。皆が彼女の方に椅子を向けた。
「わたしの常連さんでね、フォロワーが5人しかいない配信者を推してる人がいるんだけど、最近、その人を含めた5人全員が殺されたんだって。全然別の場所で、時間も別。どれも犯人は不明」
「何それ」
トキオが眉をひそめた。「アンチの仕業?」
「フォロワー5人しかいない人にアンチなんているのかなあ」
らむねくんが膝の上に顎を乗せる。
「2ALでは毎日たくさん人が死ぬが、つながっている5人全員が偶然殺されるってのは確率的にありえないな」
ファントムが腕を組む。
ブラッドバスはいま聞いた話を窓にメモした。
「それって殺しの手段も別だったの?」
チョコが首を傾げる。
「う~ん、確かそうだったと思う。わたしのお客さんは歩いてていきなり銃で撃たれたって」
「いつ頃の話?」
「先週くらい」
「何か犯行声明的なものはあった?」
「えーと、どうだったかな……」
「ずいぶん食いつくじゃん」
らむねくんがくすっと笑う。
ブラッドバスはメモの窓を閉じた。
「ねえチョコ、わたしこの件をすこし調べてみたいんだけど、その常連さんと話できないかな?」
「バウンサーって探偵もするわけ?」
皮肉っぽく言うレダは無視してブラッドバスはチョコに視線を送る。彼女はうなずいた。
「連絡しておく。話をしてもいいって言ったらあなたに
「ありがと」
仕事の時間が来たので、ブラッドバスは彼女たちに別れを告げてラウンジをあとにした。
自動歩行モードに切り替えて、文章を窓に打ちこむ。
あのラウンジで過ごすのは楽しくて、すこし疲れる。風俗店のキャストとして働く彼女たちに対して、わたしは引け目を感じている。本当はわたしもブラッドバスをキャストにして、多くの人に愛されたかった。だがこの部屋で毎日あえぎ声をあげたり激しく腰を振ったりするわけにはいかない。そんなところを見られたら、さすがに両親もわたしに愛想を尽かして家から追い出すかなんらかの治療を受けさせるかするだろう。
オートの歩きはかなり速くて、レダが小走りについてくる。
ギャルリー・ヴィヴィエンヌの前に立ち、客を待っていると、視界の端で窓が開いた。
シノ@SheKnows0125
ひさしぶり
メッセありがとう
シノは以前この店のナンバーワンだったツユソラの常連客だった。
職業柄、ブラッドバスはかわいい女の子をたくさん見てきているが、シノほどの美少女は見たことがなかった。ぱおぱおという、ゲームなんかで有名なモデラーがママらしい。
彼女が2ALのバーで人を殺す動画を公開してバズったとき、わたしは思いきって彼女にメッセージを送った。彼女と会うにはこの方法しかないと思った。その頃にはツユソラはエスコートサービスに引き抜かれていて、シノはこの店に来なくなっていた。
驚いたことに、彼女はバウンサーのブラッドバスのことをおぼえていた。それで「会おうか」ということになり、会って「肉体」関係を持って、VRセフレというような仲になった。いまでは100万人のフォロワーを持つ彼女と個人的につながっていて、その乳首の色まで知っていることがちょっと誇らしい。
シノ@SheKnows0125
今ボクもイツキさんもリアルが忙しくて配信できないんだ
キミが教えてくれたフォロワー全員殺された配信者の話、
もう少し調べておいてもらえないかな
もしかしたらイツキさんが配信のネタとして採用してくれるかもしれない
そういえば、出会い系配信者を集めて殺しあいをさせる企画以降、シノは沈黙していたのだった。
ブラッドバスはシノの配信に二度ほどボディガード的な役割で参加したことがある。だが相方のイツキや、一度コラボして以来ユニットメンバーのようになっているキャッシュマネーのように、企画の根幹に関わったことはない。
もしかしたらこのネタはシノとの距離を縮めるチャンスなのかしれない。
「彼女からのメッセ?」
門を挟んで立つレダに声をかけられる。「それとも彼氏? どっちでもいいけど」
「は? 何言ってんの?」
ブラッドバスは窓を手で覆った。
レダは自分の顔を指差す。
「表情でモロバレ。恋する乙女の顔してるわよ」
ブラッドバスは手で払って窓を消し、わたしは頬に手を当てた。
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