第1章

 すぐそばにあるにぎわいや肉欲から隔てられた場所にいる。


 天井からの寂しい光に照らされたこの廊下には何もない。無機質さを装うコンクリート打ちっぱなしのテクスチャすらない。誰に見せるものでもないからだ。同じく誰に見せるものでもないリアルのわたしの部屋には物が散乱しているが、スフィアでは物も飾り気も取り払われる。


 メニューを開き、三人称視点に切り替えた。


 何もない廊下にゴージャスな肉感とたっぷりの情報量をたくわえてブラッドバスが立っている。


 褐色の肌に青いドレスが映える。シルクのような光沢がある青で、この薄暗い廊下にあっても柔らかな輝きを湛えている。時代がかったペチコートで膨らむスカートは、好色な妄想を具現化したみたいに前面が大きく切り取られ、黒い下着がのぞく。パンツもガーターベルトもストッキングも細かいレースで飾られていて、モデラーの技術力とフェチぶりがうかがえる。足元のヒールは細く高くて、身長175cm、バストもヒップも100cm強のクソデカボディを支えるのにはやや心許ない。


 インベントリを開き、手の中にショットガンを生成する。銃身バレルがアンティークの銀食器みたいに鈍い光を帯びている。銃床ストックの上についているレバーを押すと、銃が真ん中で折れる。左右にふたつ並んだ薬室チャンバーに1発ずつ弾がこめられているのを確認すれば、出勤の仕度は完了だ。ブラッドバスがコーンロウに編んだ髪の先を手でいじりながらこちらに視線を寄越す。濃い睫毛に縁取られた瞳がまっすぐに向けられ、大きな口の端がいわくありげに吊りあげられると、わたしの胸はいつものように高鳴る。


 足音が響いてきて、ブラッドバスは一人称視点にもどり、背後の階段を見あげた。


「遅れちゃった~。ごめんなさ~い」


 その女はVRに不慣れなのか、階段をおりる足取りがちょっと危なっかしかった。


 彼女の身に着けているドレスも下着もブラッドバスのと同じようなデザインだった。色はマットなブラックで、ゴスっぽい雰囲気だ。顔を真っ白に塗った上にアイシャドウと口紅をべったりつけて、ピエロと紙一重のところまで来ている。オレンジの髪はリアルではありえないくらい盛れていて、顔の長さと髪の高さの比率が1対1だ。


 うちの店の「ドレスコード」に適っているかどうかギリギリのところだろう。


「ブラッドバスさん? 今日からいっしょに働くレダ@LadyLEDaです。よろしく~」


 目の前に立った彼女はブラッドバスよりわずかに背が高かった。


「初日から遅刻とはいい度胸だね」


 ブラッドバスは銃床で床を突いた。奥行きのない廊下に音が響き、レダが顔をしかめる。


「マニュアル読むのに時間かかっちゃって」


「手元に窓を開いてつねに表示させておけばいい。それに、おぼえることは多くない。威厳を保ち続ける――心に留めておくのはこれだけ」


 ブラッドバスのことばに、レダは理解してるんだかしてないんだか、ちょっと不機嫌そうに唇を歪めながらうなずく。遅刻のこともそうだし、タメ口だし妙なキャラを作った口調だし、めんどくさい新人と組むことになってしまった。まあ、急な欠員だったから仕方ない。


 銃を交換し、相手のを点検してから、ドアを開けた。


 店内に入ると、足音が消えた。床に敷かれたグレーのカーペットが音を吸う。さっきまでいた廊下と同様に薄暗いが、こちらはむらっけのあるランプの火にほのあたたかく照らされた暗さだ。空気がアバターに重たくまとわりつく。


 正面のカウンターでこの店のナンバーワンキャストと受付係がしゃべっている。ミシェル・メール@MMerPorncastはわたしたちに気づくとウインクしてきた。こういうかわいげのある仕草が客を魅了し、常連にさせる。ムチムチのエチエチアバターも魅力的だ。


 ブラッドバスは指を額に当てて小さく敬礼した。執事のような服を着た受付係の少女が敬礼を返してくる。今日はbotでなくマネージャーが中に入っているようだ。


 両開きの玄関扉をレダと2人で押し開けると、光と喧騒が流れこんできた。体にしがみついた重たいものが消え去る。


 正面に鉄の門がある。門扉の上部は柵のようになっていて、下部の鋼板には百合の花が透かし彫りされている。


 その外に立つ2人にブラッドバスは声をかけた。


「お疲れ」


 エコー@Echo13と愛重香あえか@aeka_HANAがふりかえる。どちらもブラッドバスと似たような服装をしている。3人ともこの「ギャルリー・ヴィヴィエンヌ」のオープニングスタッフなので同期の気安さがある。


「お疲れ~」


 エコーが門を開けた。


「何か問題は?」


「何も」


 頭を振り、ブラッドバスのうしろに目をやる。「その子が新人?」


「今日が初出勤」


「ふうん」


 彼女は門の内に入り、レダの全身を舐めまわすように見た。


 愛重香もショットガンを肩に担いで門をくぐる。


「前の子より長生きできるといいね」


 シフトが終わって店の方にもどっていくふたりを見送り、ブラッドバスは門の外に出た。門柱の前に立ち、もう一方の門柱にレダを向かわせる。


「ねえ――」


 レダがブラッドバスの真似をして銃を杖のように突く。「さっきの、どういうこと?」


 ブラッドバスは一度左右に目をやった。


「先週、わたしの相方が殺された。ちょうどいまあなたが立っている場所で」


「マジ……?」


 レダは何かをさがすように足元を見まわした。


「犯人はうちのキャストのストーカー。きんになったのを逆恨みして、そのとき対応した相方を狙った。通りすがりに拳銃で3発。相方はアカウントが消滅して、フォロワーもいろんな履歴も無に帰した」


 彼女からはその後、連絡があった。新垢で復活したようだが、2ALクラスタにはもう二度と来たくないという。サブライム・スフィアのアカウントを作って以来、ほぼすべての時間を2ALクラスタで過ごしているわたしだが、気持ちはわかる。


「それで……犯人はどうなったの?」


「わたしが殺した。その場で」


 その犯人――銀髪のかわいい子だった――はブラッドバスの顔を見ながらその前を通り過ぎ、相方を撃ったのだった。もし彼女がブラッドバスを殺すつもりだったのなら、こちらは完全に油断していたので、簡単にやれただろう。


 ブラッドバスがいま生きているのは、犯人の選択の結果だ。彼女が別の人を殺すことを選んだから、ブラッドバスは生き延びた。そこにわたしの意志は介在しないし、選択権も与えられない。


 表情を曇らせているレダを余所よそに、ブラッドバスは通りに目をやった。かわいい女の子たちが目の前を行き交っている。ひとりひとりが街中のネオンを集めたみたいにキラキラしていて、見ていると思わず用心棒バウンサーという仕事を忘れそうになる。


 巨大風俗ビル「アーケード」の7階は女の子を相手にする女の子の店が集まるフロアだ。人はサブライム・スフィアにそれぞれの欲望を持ち寄る。そのすべてに応えようとして、結果アーケードは地上30階建ての塔に生長した。


 眉をひそめる者もある。リアルで自分の欲望を満たせる幸せな連中だ。その幸せを嚙み締めて一生リアルに閉じ籠っていればいい。


 上を見ると、高い天井の下でホログラムの女の子たちが身をくねらせて踊っている。通りに軒を連ねる店の、文字どおりの看板娘を紹介するAR広告だ。スフィアの看板はリアルのそれのようにお行儀よくはしていない。


 のアバターと見分けのつかぬホログラムがおっぱいを揺らし、お尻を震わせる。飛び散る汗が雨のように降り、中空で掻き消える。照明が自在に動いて彼女たちの肌を輝かせる。はじめてアーケードに足を踏み入れたとき、わたしはこの光景を見ただけでイキかけた。


 そのときのわたしと同じように、地上で足を止めホログラム美女を仰ぎ見ている子がいる。リアルでもHMDを着けたままあんな風に口をあんぐり開け、魂の抜けたような表情をしているのだろう。それとは対照的に、手元に窓を開き、そこに目を落としたまま歩いている子たちもいる。風俗専門の口コミアプリを見ているのにちがいない。


 こうした人たちは一見さんかアーケード初心者だ。バウンサーを半年もやっていると、そのあたりの見分けがつくようになってくる。


 まっすぐ前を見てぐいぐい歩いていく子はアーケード中級者だ。行くべき店がちゃんとわかている。おそらく予約も済ませていることだろう。


 上級者は前情報など当てにせず、流しで気分にあった店を見つける。彼女たちが決め手にするのは、店の前に立つバウンサーだ。リアルの風俗店がどんな感じかは知らないが、スフィアの店はどれも独特の世界観を持っている。ブラッドバスの勤めるギャルリー・ヴィヴィエンヌは19世紀パリの娼館をモチーフにしているし、向かいにある「よしよし稲荷」は門の代わりに真っ赤な鳥居が立っていて、その奥の建物は神社みたいな造りだ。バウンサーもその世界観の一部であり、むしろ門や建物よりもいきいきと店の雰囲気を体現して通りに立つ。現にブラッドバスたちは服も下着も手にする銃もクラシカルなデザインになっていて、よしよし稲荷のバウンサーは狐耳をつけたギャル巫女2人組だ。


 通りの真ん中を白い野戦服の4人組が整列して歩いていく。銃まで白くペイントされていて、まるでスフィアがバグってアバターが白飛びしたみたいに見える。アーケードの管理組合に雇われたプライベートPセキュリティSガードG「アーケードアーミー」の隊員たちだ。


 ブラッドバスが手を振ると、先頭の者が小さく敬礼を返してきた。


「ねえ――」


 PSGの隊列を見送りながらブラッドバスは相方に呼びかけた。「もしこの場所でわたしが殺されたら、すぐにPSGを呼んで。すくなくともあなたは守ってもらえる」


「何それ。死亡フラグ?」


 レダは妙に神妙な顔つきになった。


 シンプルなワンピースを着た金髪の少女が人の流れからはずれ、門の前で足を止めた。


 一度レダの方を見てわずかに目を見開いたあとで、ブラッドバスの方にやってくる。前に見た顔だ。


「いらっしゃいませ。ボディチェックをさせていただきます」


 ブラッドバスが言うと、彼女は黙って腕をひろげた。話が早い。こういう店に来慣れている客だ。


 レダに目くばせしておいてブラッドバスは客の腕をじっくりと撫でた。わたしの手にはまったハプティックグローブの掌にじわりと圧力が加えられる。


 胸を触り、脚の付け根に手を這わす。リアルのボディチェックのように武器や爆発物を隠し持っていないか調べているのではない。アバターの形状が店の「ドレスコード」に適っているかどうか――端的にいうとチンコがないかどうかを確認している。


 サブライム・スフィアは運営の方針ですべての人に対して開かれている。それは結構なことだが、クローズドでないと成立しない場というものもある。風俗店もそのひとつだ。1軒の店ですべての性的指向に対応するなんてことはできない。だが客を選別するとスフィアの規約にひっかかってBANされてしまう。


 そこで登場するのがバウンサーだ。店先に立ち、客の股間をまさぐって性別をチェックする。店に合わない客がいれば追い返す。それでクレームをつけられたら、店はバウンサーが勝手にやったことだといってクビにする。そんなグレーゾーンの業務を請け負って時給1000円というのは高いのか安いのかわからない。


 形ばかり客の足首まで触って調べたブラッドバスはもう一度レダに目くばせした。レダは手元の窓を払って閉じ、うなずく。チェック完了だ。店によってはボイチェンを嚙ませていない男性客をNGにしているところもあるが、当店は受け入れているのでそこは確認しない。


 ふたりして門を押し開け、客を先導して歩く。


「ようこそ、ギャルリー・ヴィヴィエンヌへ」


 姿勢を正し、威厳ある態度で入口の扉を開くと、さっきまでふわふわしたただの小娘だった客が背筋を伸ばし、貴婦人のように軽く会釈なんかして暗い店内に入っていく。


 扉が閉まると、レダがため息をついた。


「どう? やれそう?」


「たぶんね」


 彼女はそう言ってわざとらしく肩をすくめる。


「次はあなたがボディチェックを担当して」


「了解」


 門のところまでもどると、別の客が待っていた。


 水色の髪がぺたっとしていて、いかにも安っぽいアバターだ。大昔のVRにいたような「未来」っぽい服を着ている。顔には見おぼえがない。


 ブラッドバスはボディチェックにかかるようレダに目で合図しておいて窓を開いた。アカウント検索アプリ「TRiDENT」を起動する。


 目の前にいる客の名前はAmyIMM@ImmortalLife。作られて2ヶ月ほどの若いアカウントだ。そのアクティビティからアプリが関連垢を検出する。


 列挙された中に赤く光る名前があった。タップしてポップアップさせる。ザイオン@Zion_Calypso――うちの店のブラックリストに載っている。


 ブラッドバスはショットガンを肩に担ぎ、AmyIMMに歩み寄った。レダに胸を撫でられていた彼女がいぶかしげにこちらを見る。


「何か?」


「悪いね。あなたをうちの店に入れることはできない」


「え? なんで?」


 AmyIMMが助けを求めるような目をレダに向けてきた。レダが同種の視線をこちらに寄越す。


 ブラッドバスは銃を肩からおろし、胸の前で銃身をつかんだ。


って、本当はわかってんでしょ? 狼の顔したボスによろしくね」


 そう言ってやると相手は降参だというように両の掌をこちらに向け、ゆっくりあとずさりして去っていった。


 彼女の背中を見送っていたレダがふりかえった。


「なんで追い返したの?」


 ブラッドバスはトップレバーを押して薬室を開放し、中を見た。


「あいつ別垢含めて出禁」


「何かやらかした?」


「うちのキャストを引き抜いた店の関係者。あっさり引きさがったとこから見て、たぶん今回もで来たんだと思う」


「この業界もいろいろあるのね」


 レダが真似をして装弾を確認した。


 門柱の前の定位置にもどったとき、ボイスメッセージが入った。


「問題発生だ。来てくれ」


 マネージャーの声だ。


 ブラッドバスは門の内に入ると、窓を開いた。メニュー画面で門をロックする。通りに向けて黄色い準備中の文字がホログラムで浮かびあがった。


 店の中に入ると、澱んだ重苦しい空気に包まれた。


 右手のカウンターから受付係が出てくる。


「ミシェル・メールの客がプレイを盗撮してるらしい」


 なかみは男性マネージャーだが、アバターからはボイチェンを嚙ませた少女の声が発せられる。


「彼女はだいじょうぶ?」


「気づいてないふりをさせてる」


 ブラッドバスはうなずき、レダの方をふりかえった。


「行こう」


 廊下を抜けて待合室を横切る。ソファに座っていた客がぎょっとして腰を浮かす。


 壁に張りつく階段をのぼり、吹き抜けを囲む細い柱廊を行く。キャストの玉姫@ladyhystericが欄干に寄りかかり、道を空けてくれる。


「何かトラブル?」


「ちょっとね。すぐに片づく」


 こちらに向けられた形のいいお尻を横目に見ながらすれちがう。


 ミシェル・メールのプレイルームは3階にあった。アーケードはリアルじゃありえないくらい天井が高いので、ワンフロアにふつうの3階建てくらいなら収まってしまう。


 分厚い絨毯に助けられてブラッドバスとレダはプレイルームのドアに音もなく忍び寄った。窓を開き、管理者権限を借用してドアのロックを解除する。レダにドアを開けさせ、ブラッドバスは室内に躍りこんだ。


 いくつものランプがともされた室内は、その火の揺らめきのためか奇妙に揺れて見えた。四方の壁に神話か聖書か、壮大なストーリーの一部らしき人物たちの絵が飾られている。一隅に立つ衝立に描かれた花の鮮やかな紅はジャポニスムの表現だろうか。小さなテーブルに置かれた花瓶の中で首を垂れるピンクの薔薇の鈍重さとは対照的だ。部屋の中央に据えられたベッドの四隅に立つ柱みたいなものの意味はわからない。


 いわくありげで時代がかった調度に囲まれて、ベッドの上で重なりあうふたつの「肉体」だけが、血が通い、躍動し、いきいきとわたしにちかく感じられた。


 上になっていたミシェル・メールがこちらを見てベッドから飛びおりた。クソデカおっぱいの乳輪を隠すハート型のニップレスには飾り房タッセルがついていて、その揺れからモデリング技術の高さがうかがえる。髪がブロンドなのにアンダーヘアがブルネットなのは何かのこだわりだろうか。


「ちょっと、どうしたの?」


 シックスナインを中断された客が体を起こした。細い体に不自然なほどの巨乳がくっついたアバターだ。


 彼女はこちらにに気づくと、ビビったザリガニみたいに足をバタバタさせてベッドの上であとずさった。


「えっ、何……?」


「両手を見えるところに出せ! 窓は開くな!」


 ブラッドバスはショットガンを腰だめで構えたまま怒鳴った。


 ベッドの客は手を顔の前にかざし、ミシェル・メールの方を向いた。


「ねえ、これどういうこと?」


 ミシェル・メールは濃紺のガウンで豊満な体を覆い、帯を乱暴に締めた。


「あなた、盗撮してたでしょ」


「は? そんなことしてない」


「してたよ。目でわかった。視界の端に目をやって、視線でアプリを起動させた。そのあともそっちを見てたよね、ちゃんと撮れてるか確認するために」


「証拠がない」


「証拠ならある」


 室内にマネージャーの声が響く。「さっきからこの部屋だけやたらデータ量が多い。グラフを見せてもいいけど、どうする? 使用したアプリもわかるぞ」


 この店の空気がのは客やキャストのアクティビティをすべてモニターしているからだ。何をするにも若干ラグい。よほどアバターの挙動に敏感か、ここに通い慣れていないと気づかないが。


 客は長い黒髪を指でしきりにくしけずっていたが、やがて意を決したようにブラッドバスを見据えた。


「ねえ、見逃してくれない? わたしけっこうこの店にお金落としてるんだしさ。動画は消すから」


 ブラッドバスは静かに頭を振る。


「その必要はない」


「なんで?」


「動画はこっちで消しておく」


 ふたつの引鉄を順に引くと、左右の銃身が火を吹き、無数の散弾が発射された。至近距離で食らって、客はベッドから吹き飛ばされた。血飛沫とともに壁に叩きつけられ、床に落ちる。


「やだ、グロ~い」


 レダが手で口元を覆う。


 客の死体と血がドットに還元され、風化するみたいに消えていく。盗撮した動画もフォロワーも履歴もサブライムの支払い情報も、この世界スフィアから消滅する。


 ブラッドバスはショットガンを折り、空の薬莢を引き抜いた。ガーターベルトに挟んであった実包を薬室に装填する。


「ミシェル・メール、今日はあがってくれ」


 マネージャーの声が響く。ミシェル・メールは首を横に振った。


「このあとも予約が入ってる。これくらいじゃ休めない」


「プロだね」


 ブラッドバスが言うと、ミシェル・メールはガウンの帯をくるくる振りまわしながら笑った。


 本当なら、ミシェル・メール自身でこの厄介客を処理することもできたろう。だがもしその対応に不備があった場合、のちのちトラブルに発展する恐れがある。そこで登場するのがバウンサーだ。高価なモデルと接客の才能を持つキャストを守るために使い捨てのバウンサーが泥をかぶる。


 廊下に出たブラッドバスは窓を開いた。


「レダ、店に出す報告書を作成して。わたしはさっきの奴の関連垢をアーケード出禁にするための書類を書く」


 部屋に入って盗撮犯を射殺するまでに見たものをクリップにしてレダに投げ渡す。「これ添付しといて」


「やだ、グロ~い」


 レダが手で口元を覆い、受け取られなかったクリップのアイコンが絨毯の上に落ちた。

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