二人の日常とある旅行記 その5
♤
宗教国家都市北西部へ旅行に来て、二日目の朝。
いつものように早朝から目を覚ました俺は、身を起こして部屋を見回す。
普段はベッドだが、この街では布団を敷いて寝るのが一般的だという。
隣にはすやすやと寝息を立てるクラン。
あどけなさの残る可愛らしい寝顔だ。
今でこそ二人寄り添って寝ているが、新しい命を宿した彼女のお腹が大きくなれば、もっと気を使わなければならないだろう。
そんな事を思いながら起き上がろうとして……
誰かが俺の腰にしがみついているのに気がついた。
クランかと思ったが、腕を回されているのは反対側からだ。
視線を落とせば、その先にいたのは半裸で寝ているヒルドアリアの姿があった。
寝相が悪いのか、着ている寝巻きは豪快にはだけている。
そして何より彼女は下着を着けていなかった。
「ヒルデ!?なんて格好で寝ているんだ……どうして俺の傍に……」
俺とクランもよく愛を育む時は、ついそのまま眠ってしまうことがあるのだが……
いや、落ち着け。それどころではない。
あられのない姿で絡まるヒルデを見れば、またクランは勘違いをしてしまうかもしれない。
せめても寝巻きだけは整えておかないと……
そうして、彼女の衣服に手を伸ばすと背後から声がかけられる。
「――んぅ、あなた様?もう起きておられるのですか?」
もぞもぞと身をよじって顔を向けるクラン。
反射的にヒルデを背に隠して、最愛の少女と目を合わせた。
その頬に手のひらを添え、そっと話しかける。
「……あぁ、クラン。まだ早朝だから、もう少し寝ていていい。ゆっくり躰を休めるのも、今の君には大切な事だ。」
わずかに
「くすっ……ずいぶんとお優しいですね。わたくし、なんだか甘えたくなりそうです。」
おもむろに手を差し出すクランをそっと抱いて唇を重ねると、そのまま再び寝入ってしまった。
その様子を見守りホッとしつつ、後ろで寝ているヒルデを薄い掛布ごと抱き上げて隣の部屋へと静かに移動する。
「……むにゃむにゃ……ごしゅじんさまぁ……」
呑気な寝言と気持ち良さそうな寝顔だ。
部屋は移したので、無理に起こす事もないだろう。
そう考えていると、不意に客室の外から声が聞こえてくる。
「――早朝から失礼いたします。三位巫女様の補佐官殿。お客様が見えています。」
ヒルデの生真面目な補佐官の声。
それに、旅先にいる俺にわざわざ客が来たのか――?
♢
「……久しぶりだな、ヒツギ君。壮健にしているかね。」
旅館の応接室で茶を嗜んでいた私は、呼び出した青年へと声をかける。
三位巫女神官クランフェリアの補佐官であり、一度は敵対した彼だがしかし、驚きながらも穏やかな表情で私を見返していた。
「貴女は……どうしてここに?クランならまだ部屋で休んでいるが……」
私より十センチほど背の低い彼は戸惑い半分で言葉を口にする。
「構わぬよ。用があるのは君だ、座りたまえ。」
そう促すと、ゆったりとした動作で椅子に腰掛ける青年。
「こうして面と向かって話をするのは四度目か。私の東部地区、南部都市の海での慰安、北部都市での対立、そして今この時だ。」
私達の席の傍で控える女給が青年に茶を渡し、それを口に含む彼。
「中央部都市ではどうなることかと思ったが、また会えてよかったと俺は思う。」
その言葉に少々可笑しくなる。
きっと彼の本心から出たもので間違いないだろう。
「甘い男だな、君は。あまり勘違いさせるような事は言わないのが身の為だよ――それはそうと、君にはきちんと謝罪をしておきたくてね。」
「謝罪……?」
訝しむ彼だが、不信を表さず耳を傾けている。
応接室には朝の陽ざしと共に緩やかな時間が流れていた。
「クランフェリアのことだ。『魂の解放の儀』によって酷く迷惑をかけてしまった。君が傍にいたからこそ、彼女はあそこまで強くなれたのだろう。」
「俺は大したことはしていないさ。そういうのはやはり直接クランに話した方がいい。貴女のためにも。」
私の目を見据え、神妙に紡ぐヒツギ君。
少しばかり自虐的な思いで言葉を返す。
「今の私にはまだ彼女に合わせる顔がないのでね。とはいえ、彼女の成長を喜んではいるのだよ。いつまでもただの弟子でいるのは、師に報いる道ではない。」
そこで一呼吸おいて、紅茶へ視線を落として思いに馳せる。
「――中央部都市での戦いで私はクランフェリアに敗れ、命を失った。死の間際、彼女と対話をしたのだ。そして、この星の天蓋から彼女の願いを聴き、再びこの地に降り立った。それで十分なのだ。」
紅茶を飲み終え、私は立ち上がる。
「……私が君に会いに来た理由はもう一つある。君とクランフェリアが深い関係にあることは初めから勘づいていた。その上で敢えて言わせてもらう。」
ヒツギ君は背筋を正して聞き入っていた。
「世界には、君以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。その道は何処に行き着くのか、と問うてはならない。ひたすら進め。」
そして、私は肩をすくめて見せるのだった。
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