二人の日常とある旅行記 その4

    ▱


 宗教国家都市北西部、その街で一番の温泉にて。

 結局、あたしの『お風呂で御主人様お近づき作戦』は失敗に終わり、今は湯の中に入っていました。

 黄色いヒヨコのおもちゃがぷかぷかと浮かび、あたしの前で左右に流れていきます。


「むう……あとちょっとだったんですけど……ぶくぶく……」


 口元まで湯に沈んで言葉が泡立ちます。

 近くにはクランさんが並んで温泉に浸かり、温まっていました。

 あたしより二歳年上の彼女は頬を膨らませて、可愛くむくれています。


「あなた様は優しすぎます。わたくしというものがありながら……それにつけ込むヒルドアリアも……!」


 御主人様はそんなクランさんを隣でなだめながらも、あたしは彼女の胸元に目がいってしまいがちで。

 ……相変わらずおっきいですねぇ。

 大事なところは手のひらで隠していても、柔らかそうな膨らみが押さえられて逆に強調しちゃってます。

 あたしはもちろん、御主人様の大きな手が支えてもこぼれそうで。

 重くないんでしょうか、あたしにはわかりません。

 自分のささやかな胸と比べると、なんだか無性に悲しくなってきます。

 一応、がんばって寄せれば谷間は作れます。本当ですよ!

 クランさんのは同じ谷間でも、もはや雄大な渓谷ですけど……


「――聞いているのですか、ヒルドアリア。」


 ……と、そこで我に返って顔を上げました。


「あ、はい。えぇと……何でしたっけ?」


「はぁ……もういいです。きちんとわきまえてくださいね。次は罰を与えますよ?」


 口調こそ穏やかに、胸の前へ流れてきたおもちゃを手に取って、もて遊ぶクランさん。

 お腹を押されてピプーっと可愛い音をたてるヒヨコに自分を重ねてしまい、お仕置きを想像して躰が震えます。


「はいぃ……気をつけますぅ……!」


「ああ、その……クラン。そこまでにしておいてあげてくれ。俺も悪かった……ごめんな。」


 伏し目がちに謝る御主人様に、クランさんはひと息をつきながら。


「あなた様ったら……これではどちらが悪いのかわからなくなってしまいそうです――この話はここまでにして、旅行を楽しみましょう。」


 そこでようやく、普段通りの優しげな笑みを浮かべるのでした。


    †


 温泉から部屋へと戻ると待っていたのは、彩り鮮やかなたくさんの料理でした。

 わたくしに合わせて調理されたものなのか、野菜や山菜を中心とした料理が置かれています。

 とてもありがたいのですが、あの人には少し物足りないかもしれません。

 他にも生の魚をさばいた大皿が置かれ、普段は目にしない北西部ならではのものもありました。


「クラン、無理はしなくていいからな。気分が優れなかったら教えてくれ。」


 彼は優しく声をかけてくれて。


「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます、あなた様。」


 そうして、微笑みを返したところで箸を取り食事を始めます。

 料理はどれも素朴な風味の繊細な味付けで、ヒツギ様は特に魚料理が気に入ったようでした。

 彩りのある刺身も瞬く間に平らげて。

 その満足そうな表情に安堵し、わたくしに合わせた料理への杞憂もなくなったのでした。



 食事を終えてしまえば、あとは就寝までのんびりと過ごすだけとなるのですが、そこであの人ヒツギ様は口を開きます。

 寝室の布団の上で彼の身体に身を寄せて座るわたくしは、見上げて言葉を待ちました。


「……クラン。寝る前に少し特別なことをしないか?」


    ▱


 あたしはお茶と湯飲みのセットを手に、御主人様達の部屋へと向かっていました。

 お風呂から出た後、生真面目な補佐官から「子宝を授かった三位巫女神官様に余計な負担をかけさせてはいけません」と小一時間、こってり絞られてしまいましたがめげません。

 部屋の前で深呼吸をしてからそっと戸を開きます。

 ですが、そこに人影はなく食卓の上には綺麗に重ねられたお皿や食器が置かれていました。


 お二人とも、もうお休みになられたのでしょうか?

 首を傾げながら食器を下げていると、寝室の中から微かに話し声が聞こえました。

 何気なくそちらへ近づいて、耳を傾けてしまうと……


「あ、あなた様……あまり奥には入れないでくださいね……?」


「心配しなくていい、クラン。優しくするから。」


 やや怯えた声のクランさんとなだめるような御主人様。

 こ、これはまさか……!!

 なんということでしょう、あたしはまたお二人の愛の営みの場に出会でくわしてしまいました!

 というか、クランさんのお腹にすでに赤ちゃんがいるのに、御主人様もなかなかお盛んですねぇ。

 あたし的にはそんな御主人様も素敵で色々と捗りますが……

 そう思いつつ、聴き耳を立て続けて。


「んんぅ……あなた様っ、そんなに奥、擦られるとわたくし……おかしくなってしまいますっ……!」


「クラン、大丈夫だ。ほら、力を抜いて。もう少しだ。」


「あっ……んんっ、だめ……あなた様、これ以上はもう……!」


 ――妙な盛り上がりにあたしの頭の中は沸騰寸前です!

 ごくりと生唾を飲んで、少しだけでも見てみたくなり、そっとふすま障子に手を掛けて。

 緊張して力加減を出来ずに、大きく開いてしまいました。

 そこであたしの目に飛び込んだ光景は……


「ん?」


 振り向いた御主人様と目が合って。

 その右手には、ぽんぽんのついた細い棒。

 膝元では頭を乗せて横になり、耳かきをされているクランさんの姿がそこにはありました。


「あれー?」


 息も絶え絶えなクランさんをよそに、あたしは頭をひねって御主人様と見つめ合ったのでした。

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