二人の日常とある旅行記 その2

    ♤


 二泊三日の予定で宗教国家都市北西部へ旅行に来ている俺とクラン。

 そして、今はその宿の一室に腰を落ち着けているところだ。


「この旅館は普段から特別な立場の方々が利用するんです。眺めもすごく良いでしょう?良質な温泉もありますので、ゆっくりくつろげると思います!」


 案内をしているのはクランと同じ巫女神官のヒルドアリア。

 どうやら俺達のためにわざわざ手配してくれたようだ。

 言われてみると確かに、宿の外観や内装は歴史を感じる立派なものだ。

 それでいて派手過ぎず自然に見える建築は、北西部ならではの特徴だろうか。

 以前、他の街――東部都市や南西部で宿泊した時は、とにかく豪奢な印象があった。

 それこそ、クランの街である南東部でも宿は華やかな飾りつけをしている。


「いつもありがとう、ヒルデ。――クラン、それじゃ少し休もうか。」


 振り向いた先の少女はゆっくり頷く。


「はい、あなた様。今、お茶を淹れますので……」


「あっ、クランさん!それなら、あたしがやりますよ。貴女はそのままで、大事なお身体なんですからっ!」


 思わず目を見張るほどの素早さでティーポットを取り上げるヒルドアリア。

 手慣れた仕草で緑茶を注ぐ彼女を、クランは目を丸くして見つめる。


「は、はぁ。ありがとうございます……」


 そっと隣に座り直すその背を優しく撫でると、少女は俺を見て小首を傾げた。




 その後は、クランと二人で宿の周辺や教会施設の視察に歩く。

 以前にも北西部都市には来たことがあったが、あの時はこうしてのんびりと見て回ることは出来なかった。

 それゆえにほとんど観光のようなものだ。


 北西部の人々は、特に『鳥』に対して大きな敬意を払っていた。

 建物の装飾や小道具、お守りやお土産に至るまで鳥飾りをあしらったものばかり。

 おそらく、四位巫女神官であるヒルドアリアの神鎧アンヘル『ベルグバリスタ』が白い不死鳥型なのが要因だろう。

 他の都市では決して見られない独特な文化様式に感嘆しては、案内役のヒルデにたずねる。


「北西部は他の都市に比べて、一風変わった信仰に見えるかもしれません。けれど、本質的には同じものです――阿頼耶あらやしきという通常は意識されることのないしき種子しゅじから対象世界の諸現象を生じて、またそれらはその人の阿頼耶識に印象を与えてさらなる種子を形成し、刹那に生滅しつつ相続する……ある種の可能性とも言えるもので――」


 だが、途端に俺が持ち合わせていない知識が展開され始めた。

 理解しようと頭をひねったところで、クランが翻訳をしてくれる。


「――つまり、人の無意識の深層には個人の経験を越えた先天的な構造領域が繋がるように存在し、結果として夢や空想または神話に登場しうる典型が共通のものとなり得る、ということですね。」


 さすがは神学に聡い彼女だ。

 しかし、これはもう宗教観というより分析心理学のようだ。

 とても散歩がてらの軽い小話ではない。


「……難しい話はまた今度ゆっくり聞かせてもらうよ、ヒルデ。なにやら香ばしい匂いもするしな。」


 通りに漂う甘い香りに惹き寄せられると、そこは団子が並ぶ甘味処だった。


「あっ、ここ美味しいんですよ!あたしは餡子あんこが好きなんですが、タレもおすすめです!」


 手を繋いでいたクランと顔を見合わせる。


「わたくしはタレのお団子を少しいただきたいです、あなた様。」


「それなら俺と分け合って食べようか、クラン。」


 笑顔で頷き合うと、すかさずヒルデも食いついた。


「じゃあ、あたしの餡子あんこも一緒に分け合いっこです、御主人様!」


 と、必然的に二人の少女に挟まれて団子を口に含むことになってしまった――


    ▱


 夜の帳が下りる頃、あたし達三人は宿へと戻ってきていました。


 厨房では御主人様とクランさんへの食事が作られ、もてなす準備が始まっています。

 お二人には先に北西部で自慢の温泉を堪能してもらうことにして……

 あたしはある決心を胸に、浴場へと足を運びます!


 今度こそ。

 そう、御主人様との初体験に近づく第一歩なのですよ。

 もちろん、宿ごと貸し切りにしているので邪魔は入りません!


 タオルとヒヨコのおもちゃの入った桶を手に、いざ脱衣所へ。

 そーっと音を立てないように中を覗きこむも、御主人様の姿は見えず。

 けれど、脱いだ衣服は籠の中にまとめられていて浴場内にいるのは間違いなさそうです。


 ……緊張で胸がドキドキしてきました。

 深呼吸をしながら、巫女服を脱いで御主人様の隣の籠へと放ります。

 もうここまできたら、後には引けません!

 がんばれ、あたし!


 そして、そっと浴場の戸を開けるのでした――

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