幼雛のさえずり

    ▱


 あたしは一人、母屋の寝室で布団に寝転がりながら考え事をしていました。


 枕元の書見台には複数の手紙が置いてあります。

 ヒツギさん――あたしの御主人様から送られたものでした。



 初めて出会ってからはや数ヶ月。

 宗教国家都市が新年を迎えた頃から、あたし達は週に一度、手紙でやり取りをする間柄になっていました。

 けれど――


「うわぁああぁん!何もおもしろい話が思いつきませんよう!」


 頭を抱えて布団の上で左右にごろごろ転がります。


 せっかくの御主人様との文通なので、手紙の内容も楽しんでもらいたいのですが。

 普段から引きこもって寝ることが大好きなあたしには、旬な話題などすぐにネタが尽きてしまうのは明白でした。


「うぅうう……なにか、何かありませんか……?」


 今までに送られた御主人様の手紙とにらめっこを始めます。

 まるで執筆活動に励む文豪になった気分でした。

 いえ、この場合は思考停止スランプに陥った新米作家でしょうか。


「……クランさんのいる南東部でも毎日のようにお祭りをしているんですねぇ。」


 御主人様は、あたしと同じシスターかつ巫女神官であるクランフェリアさんと南東部の街で同棲をしています。

 あたしの住む北西部はちょうど宗教国家領の反対側なので最も遠く、蒸気自動車で移動しても十六刻かかりました。

 とはいえ、あたしの神鎧アンヘル『ベルグバリスタ』なら二刻半で飛べるのですが。

 ※ 一刻=三十分、十六刻=八時間、 二刻半=一時間十五分

 神鎧アンヘルとは聖なる教の三位一体、天使をかたどる子なる神。

 巫女神官だけが顕現出来る大いなる神力で、『ベルグバリスタ』は二十メートルほどの鎧装を纏った不死鳥型の神鎧アンヘルです。



 思考が逸れましたが、クランさん達の街では農作物などの豊作を祝う収穫祭がよく行なわれているようでした。


「あたしの街の名物……んん、やっぱり温泉でしょうか。」


 いくつもの活発な山に囲まれた北西部都市は、噴火や地震などの自然現象が多い土地です。

 けれど、それは決して悪いことだけではありません。


 噴火によって大量の土砂を地表にもたらし、また火山灰は、農作物の生産には欠かせない土壌のもとになります。

 隙間の多い火山内部には多くの水が蓄えられ、山麓では秘湯も湧き出ました。


 溶岩や火砕流といった噴出物も無駄にはなりません。

 石器として黒曜石を、石垣として溶結火砕流を、火山活動に伴ってできた金属鉱床から採掘されるものは都市の発展に欠かせないものでした。


「御主人様と温泉……!」


 あたしの頭の中に妄想が広がります。



 一人で秘湯に浸かるあたしのもとに、うっかり御主人様が入ってきてしまい。

 驚くあたしを余所よそに、落ち着いたあの人は優しく肩を抱き寄せて囁きます。


「ヒルデ、すごく綺麗だ。もっと俺の近くに……」


 そして、あたしの腰に手を回しては御主人様の顔が近づいて……



「きゃあぁああ!ごしゅじんしゃまぁ、それ以上はだめでしゅうぅう!!」


 火照った顔を両手で覆い、足をバタつかせて悶えました。

 あたしは急いで、浮かんだ妄想を筆と紙にしたためていきます。


「来ました!あたしの頭に神様が降りてきましたよ!」


 ――ひと通りすらすらと書き進めたところで。


「違いますぅううぅう!!そうじゃなくて、手紙のネタを考えていたんですっ!こんな恥ずかしいもの、御主人様には見せられませんっ!!」


 思わず妄想を書いた紙をくしゃくしゃに丸めようかと思いましたが、踏みとどまって傍らにそっと避けます。


 ……これ、後でまた読みましょう。えへへ。


「さっきから何を騒いでいるのですか?四位巫女神官様。」


 突然、背後から声がかけられました。


「わぁあっ!いつからそこにいたんですかっ!?」


 あたしの寝床のそばには、正座をしている生真面目な補佐官の姿。


「先ほどからお呼びしていたのですが、何やら熱心に筆を進めておられたので落ち着くまで待っていました。何を書かれていたのですか?」


 書見台を背に隠すように身を起こして、あたしの補佐官と向き合います。


「し、神事の密書です!まめな相談や報告も大事なことですから!」


「……そうですか。しかし、業務連絡であればこちらで代わりに済ませておきますよ。」


 淡々と手を差し出す彼女です。

 紙を渡せということでしょう。


「い、いえ。これも巫女神官の役目のひとつ。直筆で書き記しますので!」


「ご立派な心掛けです。失礼いたしました。」


 深々と頭を下げた補佐官は続けて話します。


「……七位巫女神官様から南部都市の別荘への招待状が届いております。おそらく他の巫女神官様にも送られているものと思われますが、いかがなされますか?」


 あたしは思考する。


 他の巫女神官方にも……ということは三位巫女神官のクランフェリアさん、ひいてはその補佐官の御主人様も招待されているはず。


 期せずして、大手を振って会える機会が舞い込んでいました。


「もちろん招待を受けましょう。巫女神官同士の交流は相互理解の一環ですので!」


「ではそのように手配をいたします、四位巫女神官様。」


 そして、寝室から退出していく生真面目な補佐官。


 南部都市といえば、海や歓楽街の広がる行楽地域。

 あたしの管轄する北西部には海がないので、いい気分転換と話のタネになるでしょう。


「御主人様と海、楽しみですねぇ。えへへ。」


 どんな水着を着て遊び、休暇を満喫するか空想しながら手紙を書き上げました。


「こうしてはいられません!さっそく今から支度を始めていきましょう!」


 部屋の物入れから大きな旅行鞄を取り出して意気揚々と張り切るのでした――

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