二人の日常とある再会 前編

    ♤


 俺はその日、朝早くから蒸気自動車の整備をしていた。

 クランの母屋の横に、雨風を避ける簡易的な車庫を建ててある。


 宗教国家都市南東部、クランの聖堂敷地内は一般的な貴族の屋敷ほどの広さだが、近隣の教会や店はそれなりに離れていた。

 農業や牧畜業の土地が周囲に広がっているためだ。


 クランは俺と出会う以前、徒歩で移動したり近くの教会関係者に迎えを頼んでいたらしい。

 今となっては、蒸気自動車は俺達に欠かせない移動手段だといえる。


 それゆえ、週末の休みには定期的に車を点検するのも、俺にとって大事な仕事だった。

 蒸気機関の修理には熟練した技術と知識が必要だが、構造自体は難しいものではない。

 簡単な手入れや確認は街の技術屋に教わっていた。


「よし、今日もは調子が良さそうだな。」


 蒸気車を始動させて運転席に乗り込む。

 座席の背もたれに手をかけて車内を確認した。

 助手席はクランの専用席で、座席のクッションは多めにしてある。


 後部座席は基本的に荷物や買い物した品物を載せるが、もちろん人もきちんと座れる構造だ。

 俺の蒸気車は屋根のないものだが、雨風を防ぐための収納式のほろがあった。


「せっかくだ。ひとっ走りでもしてこようか。」


 クランに一声かけようかと考えたが、普段から聖務や日常の家事に追われている彼女だ。

 週末の朝くらいはゆっくりしていてほしい。

 それに小一時間ほどで戻ってくるなら問題もないだろう。


 俺は車を発進させて、聖堂敷地の外へと走らせるのだった。


    †


 わたくしは寝室に差し込む朝の日差しで目を覚ましました。


「んんぅ……ん……あなた様……?」


 寝返りをしながら、かすれ気味にあの人へ声をかけます。

 一緒に寝ているベッドに彼の姿はありません。


 微睡まどろむ頭で毛布にくるまり、思考を巡らせます。


 ――朝の祈りを捧げて、修道服に着替えて朝食を作って……


 水面みなも揺蕩たゆたうような心地よさに、そのまま寝入ってしまいそうでした。

 わたくしは身を起こしてベッドから脚を下ろします。


 長い髪をくしかして整えてから、ベッドの傍らにひざまずき肘を立てて朝の祈りを捧げます。


「あの人はどこにいるのでしょうか?」


 着替えも済ませて母屋の中を回りましたが、どの部屋も綺麗なままで姿を見かけません。


 家の外へ出てみると、母屋の傍にある車庫には蒸気自動車がありませんでした。

 代わりに何か作業をしていたのか、小道具が広げられているままです。


 特に朝から用事があるとは聞いていませんが、どこかへ出掛けたのでしょう。

 わたくしは工具を作業机の上に丁寧に並べてから、家の中へ戻りました。



 居間に戻ってきたところで、もう一度考えます。


 あの人がしばらく外へ出ているなら朝食ではなく、昼食を用意した方が良いかもしれません。

 それに、ちょうど試してみたい料理もありましたから。


「うふふ、あなた様は喜んでくれるでしょうか。」

 わたくしはさっそく食事の準備に取り掛かりました。

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