耽美たる回顧録 後編

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 フードを深く被った少女と対峙しつつ、思念を読もうとするがうまくいかない。

 少女の足元の影が不自然に盛り上がり、大きく形を成して二メートルほどの人型となる。


 わたしは直感的に確信した。


 ――これは神鎧アンヘルだ!


 わたしは即座に神鎧アンヘル『ファーデルメイデン』を呼び出すと、武器である大剣のレイピアを手に攻撃を仕掛けた。

 少女の呼び出した漆黒の神鎧アンヘルは身の丈ほどの大剣を顕現して、わたしの神鎧アンヘルの一撃をいなす。


『ファーデルメイデン』は一瞬だけ体勢を崩すが、黒い神鎧アンヘルはその隙を見逃さなかった。

 踏み込むように接近されると、有り得ないほどの膂力りょりょくで掌底を打ち込まれた。


 わたしの神鎧アンヘルはいとも容易く吹き飛ばされ、同時にわたし自身の腹部に激痛が走った。

 身を立て直す『ファーデルメイデン』に黒い神鎧アンヘルの追撃が迫る。


 レイピアを振りかざすが相手の大剣が袈裟けさ斬りに振られ、大剣同士で打ち合い地に突き刺さる。

 奴は大剣を意志のみで操れるようだった。


 わたしは必死で思念を読もうとするけれど、少女も黒い神鎧アンヘルもまるで心がないかのように全くもって読み取れない。


 素手で殴り合う超接近戦になると力の差は歴然だった。

 同じ猫科でもまるで獅子と子猫だ。


 わたしの攻撃は戯れているかのように淡々とさばかれて、やがて頭部を掴まれ持ち上げられる。

 その感覚にわたし自身、呻きながらも静かに佇む少女を見据える。


 少女は深く被ったフードのその奥、蒼い十字の瞳を輝かせて言い放つ。


「あなたの神鎧アンヘルの力は通用しません。わたくしの神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』にはあらゆる能力や攻撃を遮断する力があるからです――この事をわざわざ話す意味を、あなたは理解出来ますか?」


 わたしは初めて恐怖というものを全身で味わった。

 生殺与奪の一切を握られる恐怖。

 闘いに敗れた者が辿る運命を。

 そして、その命をおびやかされる感覚に不思議な高揚感をいだいた。


「あなたはここで凡庸ぼんように過ごしていい人間ではありません。神鎧アンヘルの声に耳を傾けなさい。あなたの神鎧アンヘルは必ず応えてくれるでしょう。」


 黒い神鎧アンヘルは『ファーデルメイデン』の頭部を離すと、ゆっくり影に溶けていった。


 わたしはその場に崩れ落ちて大きく息を吐いてから見渡すと、少女の姿も何処かへ消えていた。



 重厚な鎧装の、白い騎士の神鎧アンヘルに目を向ける。

 闘いに負けた。

 一対一の命を賭けた決闘に敗れたことの屈辱感。

 それは物言わぬ神鎧アンヘルからも溢れ出すようだった。


「……わたしはとともに闘い続けなければならないわ。それを叶える場所が何処かにある。」


 わたしはたった一度の敗北を胸に秘めた。


 自分の周囲の狭い世界で持てはやされて、良い気になっていたわたしが凡俗でつまらないものに感じた。



 今までのわたしは、『人生を何かによって閉ざされている時の代償体験』、あるいは『しばらく人生からの愉しみ』に他ならなかった。

 そこには、考えるための生活の余白はいくらでもある。

 しかし、その余白は行動を停止することによって生まれたものであって、それ自体として思想的体験と呼べるような鮮烈なものではなかった。



 次の日の早朝、わたしは近くの教会へと足を運んだ。

 まともに祈りすら捧げたことはなかったが、わたしの神鎧アンヘルの力が神からの恩寵であることは明白だったからだ。


 教会の扉を開くと中には複数のシスターと、奥の祭壇に赤い髪の祭服を着た少女とがいた。


「――思っていたよりも早かったな。」


 赤い髪の少女が口を開いた。

 彼女達の下へ近づくと、言葉を贈られる。


神鎧アンヘルの恵みがなんじの心に恐れを教えた。そして、これらの恵みが恐れから汝を解放するだろう。太陽のように命を燃やし、日の限り神への讃美を歌え。初めて歌った時と同じように。」


 威厳を込めた声色ですらすらと告げ、胸の前に聖書を掲げた赤髪の少女。

 傍らにはフード付きのケープコートを着た蒼い瞳の少女がわたしを一瞥いちべつする。


わらわはアルスメリア。聖なる教のシスター、巫女神官筆頭である。其方そなたを七番目の巫女神官として洗礼を行なう。宗教国家の礎を築く意志があるのなら、こうべを垂れよ。」


 わたしは赤い髪の少女を見つめたあと、ひざまずいて頭を下げた。


「汝に主と神鎧アンヘルと聖霊の祝福があらんことを。」


 そうして、わたしは七位巫女神官として、南部都市とその聖堂を管轄するシスターとなったのだった――

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