幼雛の戯れ

    ▱


 あたしは夢を見るのが好きだった。


 人が眠る時に見る夢のことです。

 寝ることが好きなあたしにとって娯楽の一つとも言えました。

 今日はどんな夢を見ることができるでしょうか。


 幸せな夢でしょうか。

 それとも怖い夢でしょうか。

 どちらにしても、あたしは存分に楽しむことができます。



 けれど、時折とても不思議な夢を見ることがありました。


 その夢には一人の男性が現れます。

 背が高く黒髪の凛々しい顔立ち。


 ぼんやりとして細部まではわからないですが、暖かな手で優しく接してくれる人でした。

 今まで会ったことはないはずなのに、どこか懐かしく心が安らぐ雰囲気を纏う人。


 会えるととても嬉しくて、いつしかどんな夢でもその姿を探すようになりました――


    ▱


 ある昼下がりのことです。

 あたしは母屋の書斎で本を読んでいました。

 椅子の背に躰を預け、脚を机に掛けて丸くなりながら。


 穏やかな日差しと静かな空間に眠気が漂っていると、部屋の戸が開けられます。


「こちらにおいででしたか、四位巫女神官様。」


 入ってきたのは、あたしの生真面目な補佐官。

 あたしことヒルドアリアは宗教国家都市の聖なる教のシスターであり、中でも最高位の巫女神官で序列は四位を冠しています。

 巫女神官は全部で七人いるのですが、あたしは他の方と大きく信仰の形態が異なりました。

 国の北西部都市が管轄で、母屋に隣接してあたしの神社や神殿があります。


「今日は特に聖務もないはずでしたが、どうかしましたか?」


 特にやることがないとはいえ、今の姿は白い装束に朱いスカートと素足にストールを羽織っていました。

 巫女の衣装は普段着みたいなものですね。


 普段から細かな聖務に追われ、忙しい時は半刻単位で予定を入れられる中でせっかくの休みです。

 のんびりと羽を伸ばしているところを邪魔されたくありません。


「次の聖務の予定が決まりましたので、ご報告に来ました。中央部都市でのお披露目ですが、前日から蒸気列車での移動となりますのでよろしくお願いします。それと……」


「……補佐官さん。どうして人は寝ている時に夢を見るんでしょうね。」


 読んでいた神智学の本に目を落としながら補佐官の話をさえぎった。


「はい?」


 突飛な質問に当然の反応が返ってきます。

 あたしは気にせず続けました。


「人が睡眠中に見る夢には様々な見解があります。記憶の整理としての歪曲された組み合わせだとか、無意識的に抑圧された願望と体験の残滓ざんしからなる複合だとされたりします。」


 本のページをめくりながら言葉を紡ぎます。


「古来より夢は宗教的な現象として信仰と深く関わりがありました。神や悪魔などの超自然的存在からのお告げ、神の啓示や神託あるいは予知夢として占いをされてきました。」


「夢はほとんど見ることがありませんので。」


 生真面目な補佐官は淡々として言いました。

 あたしはそんな彼女へと目を向けます。


「あなたはどんな夢を見ますか?」


 補佐官は少しだけ考えて口を開きます。


「覚えていません。ですが、白黒で映像のようなものだったと思います。」


 質問をすれば律儀に返してくる。


「あたしは目を見張る鮮やかさに加えて、触覚や味覚などの五感、痛覚すら感じます。夢に登場する方々と意識的に会話をするくらいには自覚しています。」


 いわゆる明晰夢というものです。

 見る夢は個人の差がありますので何が良いわけではありません。


「とても気になることがあるんです。夢の中の住人には自我が存在するのではないか、と。目の前にいるのは夢の見せる幻覚ではなく、意識やクオリアを持ったあたしと同じ人ではないか、と。」


「仮にそうだとして、その事に何か意味はあるのですか?」


 大真面目に質問をされます。


「大いにあります。これは根源的な魂の繋がりを意味していて、夢に故人が現れた時に互いに意思を持って会話をしたら。たとえ肉体を失っても、人の深層心理のさらに奥深く、集合的無意識や阿頼耶識あらやしきの領域で断片的に繋がっていることになります。」


 あたしは机に身を乗り出します。


「死を超えた、次元を超えた魂の世界。全ての人間が還りつく煉獄の先にある世界。無限に広がり続ける世界記憶アカシックレコードの概念世界。その窓口が寝ている時に見る夢なんです。」


「人は常に睡眠によって臨死体験をしているというのですか。仮説というには少々、夢想が過ぎますが。」


 頭を振り、ため息をつく生真面目な補佐官。


「ダメですかねぇ……面白い話だと思ったんですけど。」


「話は満足されましたか?それでは、こちらの報告の続きをさせて貰います。――」


    ▱


 あたしは夢を見るのが好きだった。


 人が眠る時に見る夢のことです。

 寝ることが好きなあたしにとって娯楽の一つとも言えました。

 今日も夢の中でを探していました。


「あ、いました!こんにちはぁっ!」


 背が高く黒髪の凛とした佇まいに駆け寄ると。

 彼はあたしを見ると微笑みながら語りかけます。


 あいにく聞き取ることはできませんが、言葉の意味はわかりました。



 もうすぐ会える、と――

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