虫の音の休符
☆
今日は久しぶりの休みだった。
学校はもちろんのこと、巫女神官としての聖務もない。
パフの補佐官も休みでいない、本当に何をしてもいい自由な日。
パフは宗教国家の南西部に聖堂を持つ、聖なる教のシスターで特別な立場の五位を冠する巫女神官。
まだ十歳になったばかりだけど、普段は学校やシスターの仕事、特別な儀式をしたりでずっと忙しかった。
朝からウキウキな気分で用意された朝ごはんを食べる。
甘くてサクサクした三日月のパンを
外からは
とりあえず、外に出てから考えようかな。
巫女神官の修道服に着替えて、部屋の外に出る。
パフの母屋のお屋敷は、高い壁に囲まれた教会敷地内の庭園をはさんで聖堂の反対側にあった。
広いお屋敷の中には誰かがいる気配はない。
玄関ホールまで降りてくると、念のために
机の上には作りかけの手芸品が置かれている。
メイドのシスターも出払っているみたい。
お屋敷の玄関扉を開けると、目も
目を細めつつ、外の明るさに慣れてくると広大な庭園が広がった。
少しだけ寒いかもしれない。
綺麗な季節の草花が咲き誇るパフの庭園は、まさに楽園そのものだ。
さっそく駆け出して近くの花々から眺めていく。
迷路のように入り組んだ散歩道を歩いて回ると、
「あれ、あそこにいるのは……」
巫女神官のフード付きケープコートの後ろ姿。
コートの左肩には禍々しい紋様と十字の印章が刻まれてる。
小走りで近づいていくと、フード越しに振り向いた蒼い瞳と目が合った。
「――おはようございます、パフィーリア。」
「おはよう、エノテラ!」
パフと同じシスターで六位を冠する巫女神官。
宗教国家北東部の聖堂を管理してるエノテリアだ。
巫女神官は全部で七人いるんだけど、エノテリアはいつも独りでいた。
誰かと一緒に話しをしても、気がついたら居なくなってたりする。
「パフの庭園に来るなんて珍しいね。何してたの?」
ガゼボの中に入って、隣に並んで話しかけた。
「……昔の事を思い出していました。あの時も、わたくしはここで
「あの人?」
首を傾げて訊くけど、景色を見てるだけで教えてはくれなかった。
その代わりに優しく頭を撫でてくれる。
暖かい手だった。
「パフィーリア、少し遊びましょうか。何かしたい事はありますか?」
「ほんと!?それじゃ、お屋敷で遊ぼう!今日は誰もいないから何でもできるよ!」
一緒に遊んでくれることに嬉しくなった。
パフは手を引いて母屋へと歩いていく。
お屋敷でお昼過ぎまで、おしゃべりしながら数字の書かれたカードで遊んだ。
「クランの補佐官になったおにいちゃん、かっこよくて優しそうだよね。パフの補佐官になってくれないかなぁ。」
手に持ったカードを取り合って、数字を合わせて捨てる遊びをしながら呟く。
クランはパフと同じシスターで三位を冠する巫女神官。
この前、会った時に初めて補佐官を連れていたのを思い出してた。
「……そうですね。あの人――
「?」
――色んな種類のゲームをしたけど、必ず最後にはパフに勝たせてくれていた。
「どうして、エノテラはパフに優しくしてくれるの?」
嬉しいことだけど、つい気になってしまった。
エノテリアはしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「……過去の
エノテリアはどこか遠くを見るような目をする。
「んぅ?」
「何でもありません――パフィーリア。今日、わたくしと話しをした事は誰にも話してはいけません。もちろん一緒にいたことも……約束出来ますか?」
「うんっ、わかった。約束だね!」
手元に置かれたカップが空になっていたことに気づいて、立ち上がって紅茶を淹れた。
「エノテリアもおかわり、いる?」
ふと目を向けると、もうそこには誰もいなかった。
一緒に遊んでいたカードの束だけをその席に残して。
昼下がりの暖かな日差しの中で、まるで夢でも見ていたかのような気分だった。
カードをまとめて、二人分のカップを片付けていく。
また一緒に遊べるといいなぁ、なんて考えながら――
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