第17話 いつか、ぽろりと

 小学生のころ、おれたちの間で取り交わした約束がある。

 それは、誕生日プレゼントをあげ合わないこと、だ。

 おれたちは幼なじみで、おたがいの家も激近げきちか

 あげ合っていたらキリがないし、毎年考えるのも骨が折れる。

 ドライといえばドライだが、おれたちの家は借家しゃくやじゃないから、すくなくとも家を出るまでは三人のつきあいは長く続くことになるし、年々、プレゼントの値段もあがっていくはずだ。なら、いっそやめにしようよというのは、いかにも合理的なアイデアといえた。


 花梨かりんの提案だった。

 おれもカツも、反対しなかった。


「なにがいーかなー」


 そんな約束をつくった張本人が、本日、まさに約束を破ろうとしている。

 いや……カノジョがカレシにたんプレあげるのって当たり前だよな……。

 割りきるしかないか。


「こういう色、カツは好きだけど」

「あ、ブルー? そうだねー。マサちゃんといえば、青系だよね」


 ちなみに、あいつの誕生日は8月31日。

 計画なしの小学生たちが泣きをみる、悪夢の日だ。

 おれも泣いた一人で、カツもそうだった。


「決められない!」


 と、花梨が八つ当たりでおれのズボンのベルトをとおすとこに指をひっかけて引っぱる。


「やめろって。まわりに人がたくさんいるんだから」

「恥ずかしい?」

「おまえがな」

「私はべつに…………あ」


 それほどバカぢからでもなかったのだが、ぽろりとその部分がとれてしまった。


「あはは……ごめんごめん」

「いいよ」


 なれっこだ。こうなるのは。

 ひどいときは学校の制服のズボンのココを月に3回も破壊されたことがある。小六のときだったかな。

 リカバリーもなれていた。母さんにたのめば、数分もしないうちに元通りにしてくれるだろう。


「靴のひもが切れたりすると不吉っていうよね。これもそうなのかな?」

「自分でやっといて、それはないだろ」


 せめるように花梨をみると、首筋のあたりがキラッと光っていた。

 汗だ。

 上から照りつける太陽。

 今日は、今年一番の猛暑日という予報がでていた。


「雑貨屋みたいなところって、靴下あるのかな?」

「あったりなかったりだと思うぞ」


 さっきまでデパートで、カツにおくるプレゼントをさがしていたんだが、そこには花梨がベストだと思えるものはなかった。

 で、べつのデパートに向かっているところだ。

 外は暑いが人は多い。

 とくにカップルが多い。

 そしてカップルはみんな、


(手をつないでるんだよな)


 もしくは腕を組んでいる。どっちにしても、体が触れ合っていないペアなんてほぼ見かけない。


(おれも、おれたちも手を!)


 そーっと伸ばす。花梨がこっちに注意していないスキに。気分は〈だるまさんがころんだ〉だ。


(……もうちょい。意外と、強引にとってしまえば、受け入れてくれるかも……)


 あ、あと、一セン、


「ところでさ」

「ちっ⁉」

「ち?」花梨が首をかしげた。「なにそれ?」


 すでに手は引いている。花梨がおれと目を合わすコンマ一秒前に。

 ここで、どさくさにまぎれて〈ガッ!!〉と手をつかみに行けないところが、我ながら情けない。


「いやにオシャレしてるよね、シンちゃん。会う前にわかってたら、私もそれなりにがんばったのに」


 と、花梨は自分の服のすそをひっぱる。

 デニムのショートパンツに、無地の白T。

 言っちゃわるいが、ふらっとコンビニに行くような、気の抜けた格好だ。

 ミニのショルダーバッグをたすきがけにしているから、多少は〈お出かけ感〉があるけど……。

 でも、おれはうれしい。

 おめかししていない花梨のほうが、おれは好きだった。


「気にするなよ。ほら、ここだろ」


 と、次のデパートに入り、そのもお店をいくつかハシゴして、二人で一日中歩き回った。



「楽しいデートだったね」



 帰りの電車で花梨は言う。

 手には紙袋をさげていて、その中にはもちろん8月31日にカツにわたされるプレゼントが入っていた。


「こんどは、手、つなごうね」

「おまえはカツの彼女だろ」

「そうだけど。でも――」窓の外をみながら、あいつは何でもないことみたいに言った。「シンちゃんなら私、大丈夫だよ」


 どういう意味だ。

 略奪愛されてもいいってことか?

 どうせなら「略奪して!」ってはっきりうったえてくれれば、おれもこたえてやれるんだがな。

 はは……花梨の口からそんなセリフは、ありえないか。

 そして、



「ここで大丈夫ですか?」

「ええ、座りましょう」



 花梨とのデート――っていうか、ただのお出かけ――の翌日、おれはゆきさんと会っていた。

 密会だ。

 場所は、おれの家と彼女の家の中間ぐらいにある街のショッピングモールのフードコート。


「昨日はどうでした?」


 おれが質問すると、雪さんは無言で首をふった。

 この前の遊園地での一件で、おれは花梨の言うことをきくことになって、あいつは「おれとデートしたい」と言った。そこから発展して「マサちゃんはさんみやさんとデートして」という流れになったんだ。

 はっきり言って力業ちからわざだ。

 カップルの相手をかえて、しかも同じ場所には行かないという変則的なダブルデートを仕組んだんだから。

 それが昨日のこと。

 当然、雪さんのほうもカツとデートしている。


「全然……。近藤こんどうくんは終始、うわの空という感じでした。私といてもつまらない――って顔に書いてるようで……」

「そんなことないと思いますけど」

「やさしい」


 と、雪さんが単語でつぶやく。

 向かい合って座る彼女は、背筋がピンと伸びていて姿勢がいい。

 彼女の長い髪の先がテーブルの一センチ上に浮いていた。


「私……すこし甘くみていたのかもしれません」

「そんなこと言わずに、前向きに考えましょう。がんばっていれば、いつか、なんとかなりますよ」

「不思議です。シンジがそう言うと、ほんとに……、なんとかなりそうな気がします。勇気づけられます」

「昨日は映画にいったんですよね? どんな話でした?」


 うながすとコクリとうなずき、ときおり身ぶりを交えつつ、思いのほか饒舌じょうぜつに、雪さんは映画の内容をおれにしゃべってくれた。

 ハタからみれば、会話がはずんでいるカップルにみえるだろう。

 これがおれのコミュりょく……とかうぬぼれるつもりはないが、女子との会話を盛り上げる力がループする前とベツモノなのは確かだ。 

 花梨のおかげだ。

 あいつの知らない、あいつのおれへのプレゼントだよ。


「ご、ごめんなさい。私ばっかり楽しそうにして……」

「いや、いいんです。おれも楽しんでますから」

「シンジって、聞き上手なんだから」と微笑みながら言い、左右をみる仕草。「ちょっと……席を立っても、かまいません?」

「あ、はい、どうぞ」


 雪さんは立ち上がって、(たぶん)お手洗いへ向かった。

 ……健康な男子高校生としては、その後ろ姿をガン見せざるをえない。

 ミント色の半袖のサマーニットに、濃い紺色のフレアスカート。肩にかけているのはうすいベージュのトートバッグ。足元はシンプルな黒のパンプス。

 女の人の服装をこんなにすばやく文字化できる自分に、感動すらするよ。

 だてに文芸部で小説かいてるわけじゃない、か……これが実生活に役に立つかどうかは微妙だが。


(ん?)

 

 雪さんが、くるっとふりかえった。

 遠目に、笑顔を浮かべているようにみえる。

 どうしたらいいかわからないが、とりあえず手をふった。

 むこうも、ふりかえしてくる。


(第一印象じゃ、クールでとっつきにくそうに見えたのに――)


 そんなことはなかったな。

 まったくカツの目は節穴だよ。あんないい子がすぐそばにいて、同じ部活で、しかも「死ぬほど愛してる」とか言ってくれるんだから。


(まだかな。雪さん)


 あれ?

 おれ、彼女がもどってくるのが、待ちどおしい?

 ものすごく……デートっぽくなってないか?

 そんなバカな。

 カンちがいするなよ、おれ。

 おまえはモテないんだから。



「私と、また会ってくれますか?」

「もちろんです。連絡ください」



 改札口で彼女とわかれた。

 時刻は夕方の6時前。

 おれはもう少し、この場所に用事がある。


(さて、たんプレ誕プレと……)


 きけば、カツと同じように雪さんも夏生まれだった。

 8月24日。

 来週やってくるその日にそなえて、おれは彼女へのプレゼントをさがそうとしている。

 そのプランが、一秒で壊れた。


智花ちか


 花梨かりんの妹のこいつが、おれの前に立ちはだかったんだ。

 駅前の広場。

 夕暮れのビル街をバックにして、手をうしろで結んで立っている。


「……信じられない。ウソの彼女じゃないんだ。お姉ちゃんのカンが……まちがってたなんて」

「そんなことより、なんでおまえがここに?」

「スパイした」罪悪感ゼロの、スカッとした返答。「アニキのあとをつけたんだ」


 智花は、ピンクのTシャツに重たい灰色のミニスカート――いや、さすがに描写している場合じゃないだろ。

 おれをスパイ?

 まあ……花梨にもカツにも〈おれと雪さんがつきあってる〉って言ってるわけだし、今日はそのとおりの行動しかしていないから、なにも不安になる要素はない。


「まったく、ヒマなやつだな」


 おしおきの意味をこめて、強めに智花の頭をおさえつけた。

 セミロングの髪が一月ひとつき前にくらべて少し伸びていて、両サイドのこめかみのところを赤いピンでとめている。


「一人か?」

「……」

「ナンパとかされなかったか?」

「うるさいな。されなかったよ」

「おまえは子どもっぽいから、みんなにスルーされたんだな」

「笑うなよ、アニキ……」

「さ、帰ろうぜ」


 いっしょに帰るつもりで、おれは智花の手をひいた。

 なんの他意もなく。

 こいつは、家族――じつの妹みたいなものだから。


「えっ、おい智花……」


 かるい。

 手応てごたえが、綿わたのようにかるい。

 けっして、おれはバカぢからで引っぱったわけじゃないのに。

 ぽろりととれたベルトループみたく、予想外にこいつの体が浮き上がり、

 おれの口に――ぴったり狙いをつけて、自分の口をあててきた。


「……」

「……」


 これって、一日おくれの不吉か?

 そう考えるのは、智花にとてもわるいけど。

 ずっと奪う奪うとかやってたから、自業自得で奪われたのかもしれない。



 おれの、ファーストキスが。


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