第16話 黒髪の女子は策士につき

 聞けば聞くほど「その手しかない!」と思ってしまった。

 カツの高校の剣道部のマネージャー、さんみやさんの〈策〉は単純明快でスジがとおっている。


「ではそういうことで……」


 彼女が長い話をしめくくった。 

 カフェを出て、駅までいっしょに移動する。

 ふいに、ぐい、と彼女がおれの腕をとって、

 意外とたくましいですね、とお世辞かどうかわからないことを口にした。


「あ、あの、三――」じゃない。彼女は「ゆき」と呼ばなければ。「雪さん。もう、はじまってるんですか?」


 はじまってます、と彼女は長い髪にサッと手櫛てぐしをとおした。


「シンジはもう、私の〈彼氏〉です。自覚して下さい」

「はい……」


 おれと彼女の身長差は、あんまりない。

 左がわからのアングルで、雪さんの泣きボクロがよく見えた。

 まわりからは、おれたちはつきあっているように見えるだろうか?


「決戦は夏休みの初日です」

「初日って? おれの学校の?」

「両方ですよ。たしか、あなたの学校と私の学校は、終業式の日が同じでしたから」


 そこまで調べてるのか。

 じつに抜け目がない。


「いいですか」


 と、さっきまでのおさらいのように説明する。

 いわく、この計画を実行している間は、なるべく花梨かりんと連絡をとるな、と。

 いわく、なるべく〈かくしごと〉があるようにふるまえ、と。

 いわく、半年前から私たちは親しい関係だったと思いこめ、と。


「いいですね」


 電車のドアがしまった。

 ガラスごしに、にっこりと笑う。

 ぎこちないけど、おれもホームの白線の内側から笑ってみせた。


(いや、いいの? いいのか、おれ?)


 家に帰っても、もんもんと考えつづけている。

 ようは、こういうことだ。


 ダブルデート


 それを重ねることで、おれは花梨を、雪さんはカツを、それぞれねらってゆく。

 二人がどちらも成功する必要はなく、どちらかが成功すれば、自然と――花梨はおれに――カツは雪さんに――心が流れるだろうという計算。

 二人がかりで行えば、成功率は二倍になるという〈策〉だ。

 日々のつみ重ねで略奪愛しようとしたおれのやり方にくらべれば、あざやかな〈怪盗〉のようなプランだといっていい。 

 うまくいけば、の話だが…………



「わー!」



 とりあえず、スタートは順調。

 おれたち四人は、遊園地にいる。


「はしゃぐなよ」


 と、おれとカツの声がかぶってしまった。

 しかし、入場のゲートをくぐるやいなや駆け足で走っていかれたら、そう言わざるをえない。小学生じゃないんだ。おれたちは高二だぞ。


「はしゃぐ場所でしょ?」


 くるっとターンした花梨が、小首をかしげておれに言った。おれのほうがカツよりも近くにいたからだろう。白いキュロットスカートにスカイブルーのTシャツ、腰にピンクのウエストポーチというシンプルなコーディネイト。

 ほんの一瞬、視界からカツも雪さんも消えた。

 おれたち二人だけみたいな、心地いい錯覚を起こした。

 最高じゃないか。

 ただ残念なのは、これはふつうのデートじゃなくて、


「まず、どれにしようか」


 雪さんが、おれと手をつなぐ。

 む? と花梨。お? とカツがそれぞれ表情だけで反応した。


 そう……これはダブルデートである。

 ところで、おれは絶叫マシンがニガテだ。

 はじめて乗った小学生のとき、ありえないほどの恐怖を感じて以来―――――


(な゛ぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!???)


 に、二度と、近づくまいと、思って、たのに。

 たぶん真っ青だ、おれの顔は。見なくてもわかる。


「大丈夫?」


 と――やさしく声をかけてくれたのは、花梨ではない。

 ウソの〈彼女〉の、雪さんだ。今日も長い髪はサラサラで、風がふくたびにきれいにれている。


「だ、だいじょぶ」


 と言うと、うそつけ、とカツが横からつっこんできた。

 こいつの格好は、白Tの上からバスケットのユニホームふうの服を着ていて、下はジーパン。

 どこかで見たこと……あるわけだ。

 そういえば今日は、おれが二本松にほんまつさんとデートした日だよ。

 ホテルがならぶ通りから出てきたカツたちを見かけたとき、たしかこんな服だった。


「ちょっと休憩しましょうか」


 うん賛成、と花梨が最初に反応した。

 おれたちは雪さんの提案で、近くのオープンカフェに入ることにした。

 ちなみに彼女は、グレー系の巻きスカートに上は黒いノースリーブで、手もちのハンドバッグも黒。四人の中で一番、大人っぽいコーディネイトだ。


(ん?)


 彼女が、ひじで押してきた。

 そしてウィンク。さらに左右の人差し指をクロスさせた。


(こういうことか?)


 四人がけのテーブル。

 おれは花梨のとなりに座った。

 着席の瞬間、ふわっ、とこいつが愛用するシャンプーのにおいがした。


「しかし、その……なんというか、おれはまだ信じられないよ」


 カツがおれと雪さんを交互にみながら言う。


「どういう流れで、つきあうことになったんだ? くわしく教えてくれよ」


 まあ当然そうなるよな。

 つい何日か前に同じ女の子に告白したかと思ったら、そこから短期間でおれに彼女ができたなんて、信じがたいだろう。

 質問ぜめは、想定内だ。

 すらすらと雪さんが、事前に用意していた〈おれたちのなれそめ〉をカツたちに話してきかせる。


「んー」


 それでもカツは納得がいかない表情。

 逆に花梨は、けろっとした表情――友だちとおしゃべりしているみたいな、フラットな表情だった。


「次はお化け屋敷ですね」


 ボロが出ないうちに話題をかえたい、そんな感じで雪さんが言った。

 できるだけカツのほうに接近したいのか、若干じゃっかん、そっちに体が傾いていた。


「どうでしょう。ここで、ペアを交換するというのは?」

「おもしろいね」


 食いぎみに花梨が、のった。

 顔はニコニコ。

 頬杖をついて、おれのほうを見てくる。


「絶叫マシンの、汚名返上できるかニャ?」

「当たり前だろ。お化け屋敷って、ぜんぶ作り物だろ? リアルにお化けがいるわけじゃないし……」

「そんなこと言って。自分でフラグたてちゃって」

「じゃあ、おれがもし悲鳴をあげたら、おまえの言うことなんでもきいてやるよ」


 ほんと? とうれしそうに言う花梨。

 対面、対角線上の席で、雪さんも微笑んでいた。


(それでいいんです!)


 と、カツたちに気づかれないように、おれだけに親指を立ててみせた。


「おいおい。おれはミヤとかよ」


 カツはそんなあだ名で呼んでいるのか。さんみやさんの、宮だな。


「私とは、いやなの?」

「いやじゃねーけど」

「いやって顔に書いてる」

「あー、はいはい!」手元のおしぼりで、カツは顔をごしごしこすった。「これで消えたか?」


 あからさまに、雪さんの顔が赤くなった。

 至近距離で見つめ合ったからだけではないと思う。

 たぶん、おれと同じように、彼女も錯覚したんだ。

 カツが自分の恋人……っていう空気を感じて、きっとポッとなったんだ。


「ねえねえ」


 お化け屋敷に入ってすぐ、すなわちほかの二人と切り離されたタイミングで花梨が口をひらいた。


「なにたくらんでんの?」

「な、なにが?」

「なにが、じゃなくて」


 背伸びして、ぐーっとおれの目をのぞきこんでくる。


「あの子にたのまれた? 恋人のフリしてって。私は、マサちゃんが好きだから奪いたいって」

「いや……いやいや」

「ダブルデートっていう形だったら、チャンスはできるもんね?」


 おれは、幼なじみをあなどっていた。

 想像以上に、こいつはするどい。

 これは彼女の〈策〉では予想できなかったポイントだ。


「個人的には、応援したいけどさ」


 ちょいちょい、とまだ入り口で待っているカツたちのほうを指さす。


「三ノ宮さんにだったら、マサちゃんをとられてもいい……かも」

「本気で言ってるのか」

「さ、いこっ」


 華麗にスルーされた。

 服装や背の高さでいえば、四人の中でこいつが一番子供っぽいのに。

 精神年齢は、逆に一番たかいみたいだ。

 花梨には、大人の余裕がある。

 まるで何度もループして、たくさんの経験を重ねてきたかのように。


(おまえはおれとちがって、ループの記憶はないんだよな?)


 ――そのはずだ。

 じゃなきゃ、もっとアセったりテンパったりするもんだろ?

 脱出しないと、永久に大人になれないんだから。

 

「こわーい」


 うそっぽく、おれの腕に腕を回す花梨。

 確かにこわいよ。

 略奪愛ができない未来は。

 おれはこいつを、なんとしても怪盗しないとな。


「ひっ!!!!!!!」


 はっきり悲鳴をあげた。

 なんでもやってやる、を引き受けて親密になる作戦のために。

 おれは演技ですませようとしたんだが、不覚ふかくにもマジで声がでてしまった……。


「んー、なにがいいかなー」


 と、さっそくこいつは考えている。

 おれに何をやってもらおうかって。

 で、平気な顔で歩いていくんだ。お化け屋敷の中を、散歩するみたいに悠々ゆうゆうと。


「きめた」


 出口のところで、花梨は言った。


「夏休みの間に、また私とデートしよう?」

「ああ、いいよ……って、えっ⁉」

「誤解しないで。それでね、三ノ宮さんはマサちゃんとするんだよ。交換ダブルデートっていうのかな? ペアで、べつべつに出かけるって感じ」

「いいのか?」


 うなずいた拍子に、あいつの黒い髪がゆれた。

 生まれて一度も、色をいれたことのない髪。

 本気で、雪さんとカツをくっつけようとしてる……のか?


(っていうか、おまえはカツを失ってもいいのかよ)


 失ったあと、どうするんだ?

 そこに〈策〉はあるのか?


「なーに、むずかしい顔しちゃって。いいじゃん。デートぐらい、へるもんじゃないし」


 へるよ。いろいろ。体力もお金も、貴重な高二のときも、

 略奪愛の残り時間も。


「マサちゃんは、私が説得しとくからさ」


 おれを大船おおぶねにのせて安心させるように言う。


「まかせてよ」


 ともかく、ここに策士はもう一人いた。

 もし雪さんが次のデートでカツを奪えれば、事態は大きく進歩する。

 やってみる価値しかない。

 そう思っていたら、


「ひっ」


 と、フリつきでおれのアレをマネしやがった。

 くっ……!

 機嫌よく、笑いながらやりやがって、ほんとに……。


「ひっ」

「やめろって」

「あはは」


 遠くで、高くそびえている山なりのジェットコースター。

 おれたちの背後にある、お化け屋敷。

 あんなもの二度と乗りたくないし、うしろの建物にもできればもう入りたくない。けど……

 いつの日か略奪愛ができたら、花梨とまた来て、あの絶叫マシンで青くなったり、お化けに悲鳴をあげたりするのもいいな、とおれは思った。

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