第15話 真夏にふる雪

 幼なじみの二人とは、それなりにケンカもしてきた。

 たとえば、カツとは〈習いごとよりももっと遊ぼうぜ〉とおれがしつこく言って言い争いになったことがあるし、花梨かりんとは〈授業で三人組をつくったとき、どうして私に声をかけてくれなかったの?〉って、しばらく口をきいてくれなかったことがある。今でもときどき言ってくる。そのたびに、男子には男子の人間関係があってだな……とさとしてるんだが、あいつは聞く耳をもってくれない。


 とにかく、ケンカをしたって家は近い。

 三つならんだ家が、おれたちの帰る場所だ。


「おう、シラケン」

「あ……」


 真ん中の花梨の家の前。

 向かい合って、あいつらが立っていた。

 花梨は明らかに元気がない。

「あ……」とつぶやいたきり、下を向いてしまった。


「待ってたぜ……って言っても、そんな待ってねーけどな」


 はは、というカツの笑顔もどこか弱々しい。

 無理もないよ。さっきフラれたばっかりだからな。おれもだけど。

 あの告白のあと、おれは(たぶん花梨とカツも)まっすぐ家に帰ってきた。だからまだ夕方だ。縁日のお祭りは夜がピークで、最後にあがる花火まで見て帰宅っていうパターンがふつうなのに。


「今からでも……」


 おっ、という顔でカツがおれをみる。花梨は、まだ足元をみつめている。


「お祭りにもどるか? せっかくだから三人で、いろいろ回って――」


 カツは浴衣のそでに手をいれるようにして腕を組んで、いいぜ、という目線をくれた。

 問題は花梨だ。

 ざっ、ざっ、とスニーカーでアスファルトをなでるように動かしている。

 しばらく見守っていると、


「…………賛成」


 と、ようやく返事してくれた。

 こうなると、花梨の復活ははやい。


「食べきれないよ。リンゴあめ

「じゃ、おれが食ってやるよ」

「さすがマサちゃん! 体がおっきーからたくさん食べれるんだね」


 ・・・


「焼きそば食べていい?」

「おい。さっき『食べれない』ってカツにパスしたばっかだろ」

「今度は……食べきれなかったらシンちゃんに食べてもらおうかな?」


 その言葉どおり、残りはおれがいただくことになった。

 というか、ほとんど残ってる。

 しょうがないヤツだ。


 そして、


「あっ!」


 花火の時間まで、たっぷりお祭りを楽しんだ。

 空は暗くなっていて、すっかり夜。

 おれたちは土手に移動していた。川の対岸に職人っぽい人たちがいて、あそこから打ち上げられたようだ。


「ほら、あがったよ!」

「花火ぐらいではしゃぐなよ……」

「いいじゃん」


 抗議のようにくちびるをつきだして、イタズラするようにおれのズボンのベルトループに指をいれて引っぱる。


「やめろって」

「えい、えい」


 おれは物心ついたときから、花梨にこうされてる。

 母さんの話では、よちよち歩きぐらいのときにすでに、あいつはこんなことをしていたらしい。

 高校生の今でも、このとおりだ。いったい、いつまでやるつもりだか……。


「あー……」


 おれたちがじゃれているのに割り込むように、カツが声をだした。


「おれ……ちょっとトイレ。わるい」


 すぐにピンときた。

 カツは空気を読んだって。

 花梨は――?


「すぐもどってきてねー」


 と明るく言った。

 ぜんぜん読んでない。読めてない。

 ニコニコした顔で、カツを見送っている。

 こういうところが、ほんと、つみなほどにかわいいよ。


(でも)


 おれだって空気を読んでいる場合じゃない。

 たび重なるループも、これで終わりにしたいから。

 二人きりになったところで、おれは言った。


「花梨。あのな」

「ん?」

「今日の告白の話だけどな」


 わかりやすく、こいつのテンションが下がった。

 だが、つづけて言う。


「おれは、カツにのっかっただけなんだ」

「のっかった……って?」

「カツが告白するっていうから、だったら、おれもしよう……みたいなさ」


 わかってる。

 こんな〈ついで〉みたいな言われ方されたら、どんな女の子だって傷つくだろう。


「えっ……? じゃあ、シンちゃんは……私に告白する気なんか、なかったってこと?」

「そうだ」


 ぱっ、と夜空に大輪たいりんの花が咲いた。

 フラッシュみたいに照らされた花梨の顔を、おれは直視できない。


「だから、カツのほうが本気ってことだ。あいつは今日までずっと、おまえのことが好きだったんだよ」

「なにが……言いたいの?」

「あいつと、つきあってくれ」


 ぱぱぱぱ、とマシンガンみたいな花火の連発。

 川面かわもが赤、青、黄、とカラフルに色づく。 

 花梨の返事はない。

 カツがもどってきても、おれたちの会話はほとんどなかった。


 どこかよそよそしい空気になったまま、お祭りは終わった。

 帰宅して、そろそろ寝ようかというときに、



「花梨が、おれとつきあってくれるって」



 そんなラインがきた。

 おれの胸のうちは複雑だった。

 うれしいような悲しいような。

 とにかく、これでカツと花梨は彼氏・彼女になったんだ。

 おれはスタートラインに立てた。


 翌日。

 月曜日の放課後。

 おれは文芸部にでて、パソコンの画面をみたまま佐々原ささはらに声をかける。


「やっと略奪愛ができることになったぞ」


 ぬぅ? というケゲンな目でおれを一瞥いちべつして、自分のパソコンの画面に視線をもどす。 


「気でも狂ったか、白取しらとり

「正気すぎるほど正気」

「さも、目的のために犠牲をはらったかのような言い方だったが」

「そうきこえたか?」

「きこえたね」


 なら、たいした洞察力だよ、佐々原。

 たしかにおれは略奪愛のために、花梨への思いを、いったん捨て去った。

 奪うために与えた……とか言ったら、クサすぎるか。

 カツも「与えた」って言われるのは、いい気がしないだろう。

 花梨も「奪われる」のはイヤだと思う。あいつは、もっとまっすぐで正直な恋愛がしたいだろうから。


(今日はさすがにな……。また明日から、いっしょに登校しようってさそってみるか)


 なお、同じ部の後輩、二本松にほんまつさんにとくに反応はなかった。

 うーん、という迷った顔でPCとにらめっこして、執筆に集中している。

 ぱっと見、おれを略奪愛しようという気配はもう感じられない。というか、ぜんぜん興味なさそう。


 部活を終えて帰宅した。

 けて、ベッドにごろんと横になる。


花梨メモその七 …… 大事なのは誠意! ね?


 そんなアドバイスを思い出す。

 同時に、あのときの花梨も思い出す。

 おれがひとばしさんに対して略奪愛するのを、応援してくれてたあいつ。


――「私、シンちゃんから相談されたのはじめてだから、絶対になんとかしてあげたいの」

――「今日も一日、がんばろーね!」

――「私の彼氏だからっっっ!」


 はは……。

 売り言葉に買い言葉で、あのときは熱くなってたな。

 まじで、おれにはもったいない、最高の幼なじみだ。


(大事なのは誠意――か)


 一日のルーティンが終わって、ささやかな読書をして、さあ寝ようというタイミングで、


(着信?)


 スマホをみるとメールがきていた。

 登録されていないアドレスだ。

 迷惑メール? かと、疑ったが件名に「白取しらとりさんへ」とあるので、あきらかにおれにてた内容だ。



「すみません。

 以前、アドレスを近藤こんどうくんに教えてもらったことがあって、

 メールしました。突然で、本当にごめんなさい。」



 近藤というのは、カツの名字だ。



「私、剣道部のマネージャーをしています、さんみやと申します。

 率直に言います。

 彼のことで、相談があります。」


 メールの最後の一行。

 奇妙な迫力があった。

 まるで、おれがそうすることがすでに決定しているように、NOといわせない力強さがある。



「明日、会ってお話しできませんか?」



 まあ……カツのことで、と言われて断れるわけもない。

 即オーケーした。

 指定された場所は、おれの学校の最寄り駅の駅前のカフェ。時間はもちろん、授業が終わった放課後。

 彼女と会うのに、うしろめたい気持ちは一切ない。

 しかし――一応――念のために――近くを花梨が歩いていないかどうか、入店前にしっかり確認してしまったのは事実だ。


「こんにちは」


 すでに彼女は来ていた。

 ソファから立ち上がって、ぺこりと頭を下げる。

 半袖のブラウスにストライプが入ったグレーのネクタイ、スカートもグレーでシックな色合いの制服だ。


「さっそくですが」


 着席そうそう、テーブルに水しかない状況で彼女は言う。


「主将の……近藤くんのことを、ゆるしてあげてくれませんか?」

「えっ」

「すごく落ち込んでるんです。『親友に、ひどいことをした』って。あの……とてもプライベートなことなので、何をされたかは直接彼に聞けなくて……」


 こまったような様子で、おれに横顔を向けた。

 サラサラのロングで、クセのないみごとなストレートだ。

 きれいな髪だなーと見とれていたら顔の角度がもどって、ぴったり正面から彼女と目が合ってしまった。

 まつ毛が長くて、向かって左に小さな泣きボクロがある。


「えーと」

さんみやです」

「三ノ宮さん。おれたち、べつにケンカしたわけじゃないんだ」

「ほんとですか?」

「ほんとだよ。かいつまんで言うと、同じ女の子を好きになって、おれだけフラれたんだ。だから気にしてるんだと思う」


 三ノ宮さんが、関節を曲げた人差し指をあごの先にあてた。

 で、目をつむる。

 考えごとか?

 まるで、推理する美人の名探偵という雰囲気だ。


「そうですか。同じ女の子ですか……」


 目をつむったままでつぶやく。


「同じ女の子……あの」すっ、とまぶたが上がった。「失礼を承知でたずねますが、あなたに脈はありますか?」


 脈?

 なにを言いだしてるんだ、この人は。


「もし近藤くんがいなければ、あなたの告白はうまくいってた可能性はありますか?」


 出会ったまだ数分で、ずいぶんクリティカルなところをついてくる。

 思わず「うん」と返事してしまった。

 おれはテーブルの上で汗をかいているお冷やに手を伸ばす。

 その手を、包むように彼女がにぎってきた。


「…………え」

「白取くんの、下の名前は?」

真次しんじですけど……」


 シンジ、と呼んで手にこめる力が強まった。


「私のことはユキと呼んで。スノーのゆき。いいですね?」

「いや、その」

「わかりません? 今この瞬間、私たちは同志になったんですよ? そうなった以上、親しく呼び合わないと」

「ど、同志?」

「たがいに、相手から恋しい人を奪いたい。そうでしょう? シンジ。私は」


 思考が追いつかない。

 周回おくれのおれに、彼女――雪さんはこう言った。


「近藤勝正かつまさのことを、死ぬほど愛しているんです」

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