第14話 スタートダッシュ

 失敗といえば失敗だ。

 おれは、おれにできることをやりつくして、結果的に花梨かりんを奪えなかった。


「もうやめてもいいんですか……?」


 あっさり「いいよん」とアヒル口で言う。

 ばりばり仕事してるって感じのスーツ姿の女性。

 この人にコンビニで出会ったことからすべてがはじまって、


「やめます」


 とおれが言ったら、すべてが終わる。たぶん終われる。

 考える……までもないな。

 おれの答えは決まっていた。


「ほんっと~~~に、いいんだね?」

「はい」

「よろしい。オッケーイ」


 答えを聞き届けて、笑顔で人差し指と親指で〇をつくった女の人。

 背景に秋の夕日。

 彼女のグレーのスーツが、だいだい色に染まっている。


「じゃあ……」

「ちょ、ちょっとまって下さい!」

「むむむ?」

「最後に……一目ひとめだけ」

「しょうがないなぁ~」


 と、肩をすくめる。そのとなりにもう一人、クールな雰囲気の女の人がいて腕を組んでいる。服は赤いジャケットにタイトスカート。

 おれと目が合った。

 それでいいのか、と言いたそうな目だ。

 いいんです、と心で返答する。


花梨かりん


 至近距離で見つめ合うカツと花梨。

 公園のベンチに座っていて、この二人は何秒か前にキスしたばかり。

 学校帰りだと思う。

 おれとあいつはネイビーのブレザーで、カツはダークグレーのブレザー。

 十年ほど時間をもどせば、この公園には三人で楽しく遊んでいたおれたちがいるだろう。

 まだ体つきにそんな差がなかったから、ふつうに鬼ごっことかしてたっけ。


(おしえてくれ、おまえの本当の気持ちを)


 ある意味、自分の顔以上に向き合ってきた、幼なじみの顔。

 近寄って、よくた。

 童顔というか……はは、ほんと、むかしから変わらないなこいつは。

 彼女の視線の先にはカツ。おれなんか目に入っていない。

 そもそも、時間がとまっているような不思議な状態だから、こっちに向くはずもないけどな。

 人形みたいにぴくりとも動かない。こんなに近づいても。


「お客さ~ん。お触りは禁止ですぜ~」

「だまって見てろ」


 軽口かるくちのアヒル口のお姉さんを、涼しい目元のお姉さんがいさめた。

 最大ズームでみる花梨の顔。その瞳。

 かすかにうるんでいるように、おれには思えた。泣いているっていうレベルじゃないけど。

 もしかして、カツと結ばれたのが、うれしくないのか?


「キミの想像どおりだ」

「えっ」

「いつかネタバレをくらったと思うが……ループの主体はキミではない。遠山とおやま花梨だ。そして、ループは彼女の強い願いに反応して生成された」


 赤いジャケットの女の人が、すーっ、と片足をあげた。

 思わず、タイトスカートのほうに気をとられてしまう。


「そして、ループ脱出の条件は〈略奪愛〉。カードはそろっている。あとは、キミ自身がよく考えて正解にたどりつくんだ」

「あの……できればもっとネタバレを……」

「背中を向けろ」

「背中? こうですか?」

「うむ。けっこう。では――――やってみたまえ、略奪愛っ!!!」


 ハイヒールのかかとで、思いっきりおしりを蹴られた。

 声にならない悲鳴があがる。

 ずざーっ、とヘッドスライディングみたく前のめりにたおれるおれ。

 セミの声。

 夏の空気。

 お祭りの音。


 ――神社。


 おれの目の前には、賽銭箱があった。


「シラケンっ‼」


 あわてて、カツがおれを抱き起こす。


「大丈夫か!」

「お、おお……」頭がすこし時差ボケみたいになってる。時間帯はどっちも夕方であまり変わらないものの、季節が一つ逆戻りしたからな。「平気平気。なんでもない」


 カツが心配そうに眉を八の字にまげる。


「なんでもなくねーよ。おれ、シラケンが心配だよ」

「急にダイブしたい気分になったんだ」

「いやいや……」


 それより、とおれはカツの手をとった。

 竹刀をにぎったタコのついた、剣道部の手を。


「花梨に告白するんだろ?」


 親友の手を両手でぎゅっとつかむ。

 こんなふうにつかめるのは、これが最後かもしれないと思ってつかむ。

 勝正かつまさ……。


 考えもせずに、また舞い戻ってきた5回目の高二の7月14日。

 ここから略奪愛をしなければおれは高三に進級できない。永遠に高二だ。


「なっ……そうだろ?」

「そうだけど……いてーって、手」


 おれがもし高三になれたら、不幸になる人間が一人いる。

 それは親友のカツだ。

 むずかしい言葉で〈トレードオフ〉っていうんだったか。

 片方を手に入れれば、もう片方は手に入らないってヤツ。

 それともこいつは、おれの略奪愛を許して、ずっと親友でいてくれるだろうか?


「きいてくれ」

「きくけど……まず手をだな、シラケン……」

「おれも花梨が好きなんだ」


 カツが息をのんだ。

 どんどん、と遠くのほうで太鼓が鳴ってる。


「だから、おまえとは花梨を取り合うことに――」

「ちょ、ちょ」ばっ、と強引にカツはおれの手をふりほどいた。「おい! いきなりすぎてついていけねーよ。どうした急に」

「どっちが花梨とつきあうことになっても、できれば友だちで……おまえとソエンになるのだけは、イヤなんだ」


 おまえはいいヤツだから。

 小学校の低学年のころ、タチのわるいイジメっ子に立ち向かっていってくれたことは、おれ一生わすれないよ。


「おれだって、ヤだよ」


 はは、とカツは笑顔をつくった。


「そうか、シラケンもあいつのことが……」


 ははっ、とまた笑ったが、すぐに真顔にもどった。

 苦笑するように口を曲げて、カツは言う。


「似てるな、おれたち」

「そうだな」

「なにしてんの。男同士で」


 えっ? とカツと同時にそっちを見る。

 白い生地に、黄色い、元気よく咲いたひまわりがたくさんえがかれた浴衣。

 ひまわりの花みたいに、花梨も明るく笑っている。


「私もまぜてよ」


 すたすた歩いてくる。

 予想外だ。

 まさか花梨のほうから来るなんて。


「あ。マサちゃん、かっこいいね浴衣」

「お、おお……サンキュー」

「それに比べて~」


 細めた目をおれに向ける。


「シンちゃんは普段着ふだんぎなの~? もー。横着おうちゃくしちゃって」


 まあな、と言いながらカツと目を合わす。


(どうする?)


 以心伝心。

 おれたちがすることは、すでに決まっていた。


 好きだ


 と、おれ、カツの順番で告白する。

 花梨は困った表情で、とまどっていた。

 当たり前だ。

 よりにもよって同じ日に、幼なじみの二人から告白されるなんて想像もしなかっただろう。


「…………」


 長い沈黙だった。


「…………ごめんなさい」


 花梨は背中を向けた。

 そのままダッシュで逃げた。

 まるで、あのときのおれだ。

 二人が同じ部屋にいるところを目撃して、逃げだした自分。

 おれと花梨が似ている、たった一つの点。


 逃げグセだ。


 大事なところで、そういう行動をとってしまう。みじかい現実逃避と、決断の先送りのために。


「シラケン」


 親友は笑っていた。


「おれら、二人ともフラれたな」

「まだフラれたわけじゃ……」

「さすがシラケン!」ばん、とおれの肩をたたく。「ガッツがあんなー。おれも見習いたいよ」


 いや親友。

 ガッツとかじゃないんだ。

 両方とも彼氏になれないんじゃ、話にならないんだよ。


 これでは――略奪愛ができない。


 おれは、本来は恋敵こいがたきのカツをはげました。


「いや、フラれてないって! おれはともかく、おまえは!」

「……ありがとな。おまえが親友で、よかったよ」


 手をふって立ち去るカツ。

 神社に一人、残されたおれ。 


 今回のループ、もしかしてスタートからんだのか?

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