第12話 知る勇気をもて

 おれと彼女は似ているのかもしれない。

 恋愛の進め方がわからない、という点において。

 なぜなら〈成功体験〉がないからだ。

 ああしてこうしてこうすれば恋人ゲット! みたいな経験がないから、なかなか次の一歩をふみだせないでいる。

 具体的におれの例でいえば、


 毎朝、花梨かりんと顔を合わせていっしょに登校する


 というところで停滞してしまっていて、彼女の例でいえば――


「……」


 月・水・金の文芸部の活動日に、おれのとなりの席にすわる、というだけで止まっているんだ。


「……(ちら)」


 という感じで、数分おきにこっちに視線を向ける二本松にほんまつさん。

 黒髪のショートボブに黒ぶちのメガネの文芸部の後輩。

 以前、「コンタクトとかにしないの?」と彼女にたずねたことがある。そのときは「こわいので……」という回答だった。


「……(ちら、ちら)」


 ときどきこうやって、メガネをはずして顔を向けてくる。

 ということは、やっぱり裸眼らがんのほうがかわいいって自覚があるのかな。

 でも、おれの逆サイドにすわる佐々原ささはらが視線に反応する仕草をみせると、


 ばっ!


 とメガネをかけ直して、パソコンの画面に向きをもどす。

 佐々原もドンカンじゃないからすぐに彼女の〈すき〉に気づいて、


「じゃ、先帰るわ。またな白取しらとりと……二本松ちゃん。では部長どの、失礼しま~す」

 

 はやばやと帰宅してしまう。

 文芸部の最低活動時間は一時間。それを過ぎればあとは自由ということになっている。


「私も。戸締りよろ」


 ぽーん、と山なりに部室のカギが投げられた。

 両手でキャッチするおれ。

 カギが滞空している短い時間に、部長はサササと忍者のように移動して姿を消してしまった。


 そして二人きりになった。


 外は、夏の夕立がきそうな空模様だ。

 日付は7月22日。明日で一学期は終わる。

 かたかた、と白々しく鳴っていた二本松さんのキーボードをうつ音がとまった。

 どうして白々しいかといえば、パソコンの画面が真っ暗なのが、うっすらと彼女のメガネに反射していたから。


「どれくらい書けた?」

「ぜんぜんです……2000文字くらいでしょうか」

「時速でその文字数なら、じゅうぶんだと思うよ」


 彼女は、ノートパソコンの画面をぱたんと下ろした。


「ウソです。一文字も書けてません」

「えっ?」

「ずっと先輩のことを考えていたので……」


 しーん、とする室内。防音がいいから、空調の音しか聞こえない。


「あの……順調ですか?」


 小首こくびかしげて、二本松さんが問いかける。


「順調……ですよね」


 おれの返事も待たずに、一人で答えまで口にしてしまった。


「なにが?」

「ときどき、お見かけしていましたけど」

「だれを?」

「先輩の幼なじみの人です」


 花梨の話か。

 目の前のノーパソがスリープに入ろうとして、反射的にマウスをさわってしまった。

 今はパソコンどころじゃないのに。


「すごく、感じのいいかたですよね」

「そうかな」

「友だちもたくさんいらっしゃるみたいで、大勢の輪の中心で笑っていました」

「あいつは社交的だから」

「まるで太陽のような人で……」


 さすが文芸部。

 意外とこういう〈たとえ〉って日常会話ではパッとでてこないものだ。


「ほんとに……なにもかもが、私と正反対です……」


 そんなことないよ、と言うのも、ちょっとちがう気がした。

 正反対でいいからだ。なにも引け目を感じることはない。

 彼女には彼女の良さがある。

 それを言葉にしようとすると、


「二本松さんは、花梨とはちがうから」


 と、微妙に誤解されそうな言い回しになってしまった。

 これじゃ、おれがこの子を拒否きょひってるようにも聞こえる。

 ことん、と彼女がメガネを外して長机の上においた。

 はだかのまなざしでおれを見つめる。


「どうすれば近づけますか」

「いや……その、キミにはキミの良さがあるから……」

「たとえば先輩、私みたいな女の子と二人きりで、外へお出かけするのはイヤですか」


 イヤじゃないよ――


 からの、


 終業式の翌日の、夏休みの初日。


先輩せんぱーーーい!」


 手をふって駆けてくる小柄な女子。

 下から、ヒールのついたエナメルの黒いクツ。白いソックス。赤いチェックのミニスカート。ゆったりしたベージュの長袖のブラウス。その上に、靴ひものように交差して編み編みの部分があるホワイトのビスチェ。たすきがけにした、小ぶりな黒いバッグ。そして、ちょこんと頭にのっけた赤いベレー帽。


 なんと、


「あれ……?」

「えへへ」


 メガネがない。


「昨日の帰りにお医者さんにいって、思い切ってトライしてみたんです。はじめて入れるときに一時間もかかって、看護師さんに『たいへんそうねぇ~』って言われちゃいました。じつは今日の朝も、同じくらいかかってしまって……」


 ど、どきどき、してるか、おれ?

 四回目の高二で、精神年齢はハタチぐらいのはずなのに。大人の余裕をみせれると思っていたのに。

 テンションがあがってる。


「ていうか、遅れてすいませんですね」


 こつん、と自分の頭をたたいた。


「大丈夫だよ。おれが早くきすぎたんだ」


 時刻は9時55分。

 待ち合わせの時間は10時で、まだ5分前だ。

 大きな街の駅前にいる。

 ここから歩いて映画館にいくつもりだ。


「いき……ましょうか?」


 かけてないのに、二本松さんはメガネのずれを直す仕草をした。

 かわいい。

 庇護欲ひごよくをそそられるというか、思わず守ってやりたくなる。

 そんなおれを、もう一人のおれが、心の中でハリセンでたたいた。


(バカ野郎ッ! こんなことをしてる場合か! おまえが好きなのは花梨だろ、か・り・ん!!!)


 た、たしかに……。

 おれは〈時間がループする特殊な世界〉にいて、抜け出るためには〈略奪愛〉をしなければいけない。

 親友のカツから花梨をる。それだけが目的なんだ。


「……先輩?」

「ん?」

「なにか、考えてますか?」


 おれは素直にいった。

 ここの素直はめられないかもしれないが、ウソをつくのは避けたかったんだ。


「あいつのことを、な」


 そう言うと、ミュートすれすれの「ですよね」が返ってきた。くちびるが動いただけかもしれない。それほど小さな声だった。


「いこうか」

「はい」


 ならんで歩いて映画館に移動する。

 映画は1時すぎに終わった。

 ある小説を実写化した映画だったんだが、


「最後の伏線回収のとこは、よかったね」

「そうですね……でも私は、小説のほうが好きかもです」


 そんな感想だった。

 いまはファミレスで休憩している。

 昼食を食べるつもりで入ったんだが、二本松さんは食欲がなくて飲み物だけ、つられておれも飲み物だけにしてしまった。


「こ、こ」


 両手でつつむようにコップをにぎった彼女が、なにか言おうとしている。


「このあと、どう……しますか?」

「え?」


 頭が真っ白になった。

 ここで解散しようといえるムードではない。

 それに家に帰るにもハンパな時間帯だ。

 そういえば――花梨も今日は妹とお出かけっていってたな。で、カツは部活っていってたっけ。


(どうする?)


 女の子と二人でいけるスポットって――――あっ!


「二本松さん、カラオケは平気?」

「う……。あまり得意では……アニソンぐらいしか歌えませんが……」


 結局、そこから近くのカラオケボックスにいくことになって、


「な、涙が……とまりません~~~~~っ」


 彼女をぎゃんぎゃんに泣かせた。

 ひかるも泣いた、この失恋ソングの破壊力はすごいな……。

 歌詞は、親友の彼女を好きになったけどあきらめる、っていう内容。

 おれの十八番おはこになりつつある。


「~~~♪」


 彼女の歌声も堪能たんのうした。

 得意ではないっていうのはケンソンで、バリうまい。

 一時間だけのつもりが、すこし延長してしまった。


「ごめんね。たくさん歌わせちゃって」

「いえいえ、こちらこそ」ぺこっ、とかるく頭をさげた。「先輩といっしょにいられて、楽しかったです!」


 と、こわさに立ち向かったコンタクトの瞳でいう二本松さん。

 きゅんとするよ。

 おれ、この子に略奪されるかもしれないぞ花梨。


(こっちの道は、よくないな)


 人通りが少ないからそっちに行こうとしたけど、思いとどまった。

 迂回したほうがいい。

 こっちはたしか、ラブホテルがならぶ通り―――――


(カツ?)


 ぬっ、と背の高い男子が通りからあらわれた。白いTシャツの上にバスケットのユニホームみたいなのを来て、下はジーンズ。

 ななめうしろからのアングルだが、たぶん――――


(か、花梨⁉)


 背中にくっつくようにして出てきたのは、まぎれもなくあいつ。

 あいつの顔だけがくっきりみえて、服装にまで意識が回らない。そんな余裕がない。


 おれと目が合った。


「シンちゃん! おーーい、おーーーーいっ‼」


 そんなリアクションは、おれの幻想だった。

 現実は、思った以上に、どうしようもなくシビアだった。 


「……先輩? どうしたんです、急に立ち止まったり……」

「いや」


 目が合ったのは一瞬だった。

 花梨の表情は冷たかった。

 ただの風景をみる目だった。

 なにか話しかけてカツの視線をひき、そのまま背中を向けて歩いていく。

 おれは棒立ちで、幼なじみ二人を見送った。


(きっと気をつかったんだよ、花梨もカツも。おれに「デートする」なんて言えないからな……絶対、そうだ)


 で、さっきは彼氏のカツに遠慮して、花梨はおれをスルーしたんだ。


(こっちの道から出てきたけど……)


 たんにラブホテルがならぶ通りから出てきたっていうだけで、そういうことをしたとは決めつけられない。

 していない、と全力で信じたいが。

 でも、どこかへの近道になるという道ではない気もする。

 だめだ。いくら考えたって、答えは出ない。


「もう帰るよ。駅までいっしょに行こう」

「は、はい」


 夕方。

 帰ってきた自宅で、おれはあることを思い浮かべていた。


花梨メモその六 …… 気になる子の相手のことを知るべし! いくさに勝つには敵を知るのだ!


 うん。

 おれはその日の夜、カツに電話をかけた。

 すぐそこだから行くよ、とラフなジャージ姿できてくれたカツを部屋にあげる。

 単刀直入だ。

 いくらこわくても、真実を知る必要がある。彼女だって、恐怖を克服してコンタクトを入れたんだから。


「カツ」

「ははっ、なんだよシラケン。まじな顔して」

「今日、花梨とどこに行ってたんだ?」

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