第11話 後輩のリトライ

 一年のうちに四回も告白された、と言うとモテるようにきこえる。

 一年のうちに同じ女子から四回コクられた、と言うと執念ぶかいというか……もしかしたらストーカーじゃないかって疑われるだろう。


 答えは、そのどちらでもない。

 おれは〈モテない〉し、彼女はストーカーでもなんでもないんだ。ふつうの女の子だ。


「じつはずっと前から……っていうか、先輩が目当てで入部したりしてまして……」


 ときはもどって一回目――このヘンなループに巻き込まれる前の正常な世界――のとき、はじめての告白を受けた。

 あれは文化祭の後片づけのときだった。


「せっ」


 ちょうど部室に二人きりになったところで、意を決したように彼女は言ったんだ。


「先輩が、すきです」


 おれはここで、とんでもないカンちがいをした。


「先輩って佐々原ささはらのこと?」

「あ、いや」

「んー……なかなか好みがしぶいというか……いいヤツだとは思うけど」

「いえ、その」

二本松にほんまつさんは、あいつにはもったいない気がするなー」

「……はあ」

「まーでも、おれも陰ながら応援するよ。がんばってね」


 そう言うと、彼女は照れたように下を向いた。

 すこしズレたメガネのまま、口元だけで笑っていた。

 その後、彼女は部にあまり顔を出さなくなってしまった。

 たぶん、おれがていよく〈告白を拒否した〉と受け取ってしまったんだろう。

 それが一回目。

 そこからループをて、二回目は2月のバレンタインだった。

 放課後、チョコを両手で差し出すと同時、電光石火で想いをぶつけてきた。


白取しらとり先輩が大好きですっ!!!」


 正直、おれの心はゆれた。

 まだ〈略奪愛しないと進級できません〉というルールを知らされる以前のことだ。

 ゆれにゆれた。ゆれまくった。右手が、チョコの数センチ手前のとこまで伸びた。


(だめだ)


 女子からすれば、ふかく考えすぎだって笑われるかもしれない。

 でもおれは考える。本命のチョコを受け取るイコール相手を受け入れることだって。しかも、はっきり言葉にして「好き」だとげられた以上…………


「ごめん」

「……あ」

「ほんとごめん」


 彼女は悲しい顔で下に向いた。

 口元をきゅっと強く結んで。

 その後、二本松さんが退部届をだしたことを知ったのは、ふたたびループする一日前のことだった。


 うしろから車がきた。

 車一台分ぐらいのせまい道なので、おれが彼女の自転車を押してはしのほうへ移動させた。


「あ、あの……目当てっていっても、小説に興味があるのはホントで……」


 知ってるよ。とくにラノベに詳しいもんな。サドルの下の自転車のカギにも、有名なラノベのキャラのキーホルダーがぶら下がっている。


 告白になれた、のではないと思うがおれの頭は冷静だった。

 今の心をそのまんま、言葉にできた。


「二本松さん」

「はい……」

「おれ、好きな人がいるんだ」


 ですよね、と彼女はかすれた小声でいった。

 気弱な彼女がせいいっぱい強がっているようで、胸がいたい。


「じゃあ、あの、これで……失礼します……」

「うん。気をつけて」


 おれは彼女が見えなくなるまで見送った。

 きっと、彼女に会うことは、もうない。次の部活は明後日の水曜だが、二本松さんは部室にあらわれないだろう。


「はーーーーーーーっ」

「特大のため息かよ。今のでアニキの幸せ、だいぶ逃げてったぞ?」


 自分の部屋に、花梨かりんの妹がいる。

 智花ちか

 中学二年生の14才で年下、かつとなりの家の妹なのに、いつからか(あるいは最初から)おれにタメ口だ。


(あれ? 今日……、月曜日だよな)


 おれの記憶では、あの夏祭りのあとは水曜に部屋にきていた気がするが。

 まあ、こいつは気まぐれだからな。こうやって夕食のあとにふらっとおれの部屋にくるのは、それほど珍しいことではない。

 そして目的はおれではなく、


「ちっ! こんのぉ! あーっ! さいあくーっ!」


 ゲームだ。オンラインでみんなと戦うみたいな、そんなヤツで遊んでいる。

 こっちはこっちで明日の予習をするか、と机にむかったとき、



「お姉ちゃん、よろこんでたよ」



 ふいうちされた。声のトーンを落として、真面目な感じで話す智花。


「シンちゃんとたくさんしゃべっちゃったー、って。楽しかったよー、ってさ」

「そっか」

「内心うれしいクセに~。『そっか』とかクールぶっちゃって」


 二本松さんをフッたこともあって、素直によろこべないんだよ。よろこべるテンションじゃないんだ。


「つきあっちゃいなよ」

「おい。カツのことは知ってるんだろ?」

「パードン?」

「ごまかすなよ。カツから告白されてオッケーしたって聞いてるくせに」


 携帯ゲーム機をおいて、ベッドの上にあぐらをかいた。


「知らない。ほんと」


 おれと智花の視線がぶつかる。

 たがいに、きょとんとした表情だ。

 知らない?

 遠山とおやま姉妹にかくしごとはないんじゃなかったのか? 

 いや……花梨が話しそびれただけかもしれないな。なにせ昨日のことだし。


「おはよう」


 おれは次の日も、花梨を待ち伏せした。

 もう〈しつこくしたら嫌われるかも〉とか〈いっしょの登校はイヤかも〉とか、そんな小さいことを気にしている段階ではない。

 いっそ「嫌い」とはっきり言われるまで、こっちから押しまくろうと思っている。


「シンちゃん! 今日も待っててくれたんだ」

「あのさ……おれといっしょでも……」

「いいに決まってるじゃん!」


 意外にも、おれのほうが気圧けおされた。

 あまりにも、花梨がうれしそうにしたから。

 いつもの通学路。

 おれは過去の花梨に鍛えてもらったトークで、現在の花梨を楽しませる。

 あはは、ととなりで笑う彼女をみていたら、ほんの一瞬、こいつの彼氏になれたような錯覚を起こした。


「じゃ、またな」

「えーっ? まだだよ。せめて校舎に入るまで。ねっ?」

「おまえがいいなら……」


 視線を感じる。

 校舎の一階の窓の向こう。


(二本松さん)


 おれが気づいたのに気づくと、彼女はサッと顔をふせた。

「好きな人がいる」からの登校デートっぽい光景。

 彼女にはつらい場面のはずだ。

 さぞショックだろうと思ったんだが――――


 彼女はそんなに、弱くなかった。


「先輩」


 放課後の帰り道。

 校門を出たところで呼び止められる。


「あ、あの……」


 カゴにのったスクールバッグに、恵、という漢字がおしゃれな線で書かれたキーホルダーがついていた。

 二本松めぐみ

 それが彼女の名前だ。


「ふしぎな、その、夢のようなお話なんですけど」


 視線はうつむき気味で、おれと目を合わせてくれない。


「私……なんどもなんども、先輩を好きになって、それで」


 両手で自転車のハンドルをにぎったままの二本松さん。

 黒ぶちのメガネのレンズに、くすんだ黄色みたいな夕日が反射していた。

 胸元でゆれる赤いリボンタイ。

 そよ風で〈ふわっ〉と横に流れる伸びかけのショートボブ。

 半袖のブラウスの下に、しっかりTシャツを着ているところが、いかにも寒がりの彼女らしい。


「なんども、あきらめてるんです。そんな経験をどこかでしたような、おかしな感覚がありまして……ご、ごめんなさい。ヘンな話、しちゃってますね……」


 ちっとも、だよ。

 実際にループを体験しているおれにとっては、彼女の話はファンタジーでもなんでもない。

 力強いリアル。


「それで、その、結論といいますか……あのっ! これからは私っ!」


 力強い目。

 力強い声。

 おれは女の子の強さを、垣間かいま見た気がした。


「先輩を、絶対にあきらめないつもりです!」


 放課後で、まわりにはたくさんの生徒がいて、

 じろじろと注目されているのがわかる。

 その中に、一人、見なれた後ろ姿があった。

 一万人の中からでも、見つけられる自信があるあいつが。

 タイミング的に、いまの二本松さんのセリフを聞いていないはずがない。

 気をかせたのか?

 おれの視線の先を、後輩の彼女も追いかけた。


「きっと私にもできるんだから……」


 わーっ、と近くの男子生徒がバカみたいにさわいだせいで、よく聞こえなかった。

 が、おれの耳には確かに届いたんだ。

 長いをとったあとに「……略奪愛」と彼女が言い切ったのが。

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