第9話 二人で愛を奪う

 絶句した。

 この人は今、なんて言ったんだ?

 ループしてるのは花梨かりんだって?


「ね。だからさ、やってみよーよ、略奪愛っ!」


 おいおいおい。

 おれの背中をたたくために、大きく手をふりかぶってるけど。めっちゃ笑顔で。アヒル口で。

 ま、待ってくれ。

 こんな説明不足のままで時間をもどすんじゃ…………いって!


「おっと」


 前方によろめいたところを、幼なじみで親友のカツに受け止められた。

 青い浴衣のそでから、たくましい腕がのぞいている。そういえば高二の秋――だいたい三か月後か――に、こいつは剣道で全国大会に出たんだったな。かなり遠いところが開催地だったから、応援に行けないよ、って花梨がグチってたっけ。


「ははっ、シラケン、何につまずいたんだよ。地面、なんにもないぞ?」

「ああ……いや……」


 カツのキリッとした眉毛が、心配そうに〈八の字〉に曲がった。


「もしかして貧血とかか? 大丈夫か? 体調がよくないんだったら――」

「気にするな。おれは元気いっぱいだよ」


 ならいいんだけどさ、とカツは遠くのほうに視線を向ける。その方向には、上に赤いちょうちん、左右に色々な屋台がならぶ、縁日えんにちのメインストリートがあった。


(またループ……しかも、花梨も同じようにループしてるみたいな言い方してたな、あの女の人は)


「シラケン」


 男前のカツが、おれの顔をのぞきこんでくる。


「平気か?」

「しつこいな。おれは元気だって」

「や……そっちじゃなくて……さ」カツが鼻の下を指でこすった。「おれがあいつに告白しても、いいんだな?」


 どん、と低い太鼓の音が鳴った。

 あはは、と誰かの笑い声も、ずっと向こうから聞こえてくる。

 四回目の高二。

 おれにとっては、もはや笑えない事態になった。


「なあ」おれは右手でカツの肩をつかむ。「もし――もし、だぞ?」


 何も言わず、あたたかい目でおれの目を見返す親友。

 まるで、おれがこいつの告白に不満や反論をぶつけるのを待ち望んでいたかのように。 


「おれが、な。おれが――――」


 カツは白い歯をみせて、速攻で言った。



「ゆずる」



 と、ちょうどセミの鳴き声が止まっている間に、言った。

 思わず手に力が入る。


「いてっ。いてーよ、シラケン」

「あ、わるい……」

「今のは、おれの本心だよ。あ、誤解しないように言うとな、ゆずるって花梨のことじゃなくて告白のチャンスをっていうことだからな?」


 おれは、うなずく。


「シラケンが花梨とつきあうことになったら、すっぱりとあきらめるさ」


「すっぱり」のところで、剣道部らしく片手で竹刀をふる仕草をした。


「でも、そうじゃないときは――」びっ、と見えない竹刀の先をおれに向ける。「おれも告白する。花梨に、この思いを伝えるんだ」


 わからない。

 だけど予感がある。

 いまこそ、決断のときだ。

 おれは――――!


「いってくる」


 自分で自分の背中を押した。

 おれと花梨のために。

 二人でループを出るために。

 カツにはわるいが、ふっきれろ〈おれ〉。

 好きなんだろ?

 だったら、奪うしかない。


「花梨!」

「……シンちゃん」


 しゃがんで金魚すくいを眺めていた花梨が顔を上げた。


普段着ふだんぎ?」しゃがんだまま、おれの全身を見回す。「もー、こういうときぐらい浴衣着なよ。持ってたでしょ? 去年は着てたじゃない」

「着てないって。そもそも、去年は祭りにも来てないから」

「そうだっけ?」


 そう。

 去年は、カツに頭を下げられて、おれは縁日に出かけなかった。

 二人きりにしてくれ、ってお願いされたんだよ。

 思えばそのときすでに、おれは花梨から身を引きかけていた。


「ちょっといいか?」

「えっ。……あん、もう」


 強引に花梨の手を引いて、屋台がならぶ道の裏手の暗がりにつれていく。


「大事な話があるんだ」

「ほんと? じつはさ……私もあるよ」

「えっ」

「今度ね、三人でどこか遊びにいかない?」


 おいおい。そんなのべつに、大事でもなんでもないだろ。

 でも花梨の表情は真剣だ。いつも笑っていることが多いこいつだから、真顔なだけでずいぶんシリアスにみえる。


「昔みたいに、なりたくてね。中学のときはさー、三人でカラオケとかボーリングに行ったでしょ?」

「花梨」


 おれはこれから残酷なことをげる。


「もう〈三人〉じゃ、ムリだ」

「どうして?」

「どうしても、ムリなんだ」

「こわっ。あはは……なんか、いつものシンちゃんじゃないみたい」

「いつまでも仲のいい幼なじみのままじゃ、いられないんだよ」

「そんなこと言わないで」


 花梨が、おれのズボンのベルトループに指を入れる。


「ね……?」


 とくん、と自分の鼓動が耳の奥で鳴った。

 世界がゆっくりにみえる。

 上の空はうす暗くなっていて、西のほうの空だけマグマみたいに真っ赤。

 最後の力をふりしぼったようなオレンジの光が、まっすぐ幼なじみの顔を照らしていた。


 泣きそうな顔を。


 でももっと、おれは残酷にならないといけない。


「どっちか選んでくれ。おまえが選ぶんだ。おれかあいつか」 

「選べないよ、そんなの」

「また……ループしたいのか?」

「ループ――――?」


 はじめて知った言葉のように花梨は言葉をくり返した。

 この反応は……。

 花梨もループしてるって聞いたけど、こいつは、もしかしてそれに無自覚なのか?


(あっ)


 おれに背中を向けて、浴衣のすそをひらめかせて走っていく。スニーカーはいてたのか、とおれはヘンなところが気になった。

 その日の夜。

 連絡するのを迷ってスマホをにぎりしめていたら、カツからラインがきた。幼なじみ三人のグループじゃなくて、おれだけへのメッセージ。 



 おれも花梨に告白した

 そしたら、「いいよ」って…



 それだけ。

 いくら待っても、次のメッセージはこなかった。

 胸が焼けるようにチリチリするけど、くやしがってもしょうがない。

 スタートはきっと、ここからなんだ。

 だって、こうじゃないと略奪にならなくて、ループ脱出の条件からも外れるからな。

 これでいいんだよ。

 やっと覚悟が決まった。

 おれは…………



 略奪愛を、やる。



「おはよう」


 翌朝の月曜日、家の前でまちぶせして朝の挨拶をした。

 この行動には、ちゃんと理由がある。


花梨メモその四 …… なるべく毎日顔をあわそう!(できれば会話もネ)


 今のスマホには入っていないが、前のループで花梨がスマホに送ってくれた恋愛のアドバイスだ。おれはその全部を、寝る前の時間とかをつかって必死で暗記した。

 すなわち、おれは一人じゃない。

 おれプラス花梨で、花梨をふり向かせる。


「……」

「シカトか? 『挨拶ができないのはわるい子だ』って誰かが言ってたぞ?」

「話しかけないでよ」

「なんでだよ」

「私……マサちゃんの彼女になったから。そこどいて」

「どくよ」


 体があたるスレスレの至近距離で、花梨が横を通りすぎる。

 うつむき気味の不機嫌な顔で。

 どうやら怒っているようだ。

 昨日、おれが「どっちかを選べ」って迫ったのが、よほどこたえたんだな……。

 で結局、選んだのはカツかよ……。

 現実はきびしい。

 気分が落ちこみそうになったが、


花梨メモその五 …… 心に余裕をもって、根気よくいこう!


 これだな。

 3月まで、時間はたくさんあるんだ。


「おーい!」


 おれは、あいつの後ろ姿をダッシュで追いかけた。

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