第8話 きかせたい告白
おれはバカだった。
冷静に考えれば、絶対に告白してはいけないタイミングだったんだ。
もっと待たなきゃダメだった。
たとえが良くないけど、そう……〈釣り〉のようにじーっと、
おれは、しくじった。
「……それ、告白してるのかな?」
スマホからきこえてくる光の声。
目の前には幼なじみの
彼女を見つめたまま、おれは光に「つきあってくれ」って言ったんだ。
どうしてそんなことをしたのか……まさに魔が差したとしか思えない。
花梨を安心させたいという想いが、なぜか、おれにそんな行動をさせた。
「もう一度いうよ。光。今の彼氏と別れて、おれとつきあってほしい」
「そっか」
私ね、と彼女はひとり言のようにつづける。
「フラれたと思ったの。あのとき。ほら、カリンさんにビンタされたとき。だから、キミを励ましてあげよーと思って、ムリして笑ってあげたんだよね」
少しでもシンちゃんが元気になれば、と思って。
光の声のトーンは、重い。
罪の告白のように。
「私だったらさ、フラれたら、笑ってくれたほうが元気が出るから……」
花梨が、おれの制服のズボンのベルトループに指をつっこんだ。
くっ、と弱い力でひっぱる。
もう電話やめよう? とこいつの目が言っている。
「それって……あんまりよくなかったのかな……私の態度が、裏目に出ちゃったのかな」
「いや……」
「シンちゃんに彼氏の役をやって、っていうのも、自分勝手でよくなかったよね。最近、あいつに浮気されたからさ、なんか仕返ししてやろうと思って――」
「いいよ、光。おれはなんとも思ってない。おまえに文句をいうつもりは一ミリもないぞ?」
スマホごしに、相手の動きが止まったのがわかる。
おそらく、おれが「おまえ」と呼んだことに、とまどっているんだろう。
おれたちは、そんなに親しくないから。
この人とは「おまえ」って呼び合える間柄じゃないって、あらためて光は気づいたんだ。
ゲームセット。
とどめは、意外な形でさされた。
「あの……ありがとうございました」
「えっ?」
「私に告白してくれて」
「ちがう」おれは首をふった。熱くなった耳がスマホの冷たさにふれた。「そっちじゃなくて、おれが気になったのは……おま――キミが今……」
「ごめんなさい。もう電話切っても、大丈夫ですか?」
気づけば、おれは走っていた。
これが走らずにいられるか。
学校を出た。
台風が近づいて強くなってる風の中、ただただ疾走する。
「なんで……そこで敬語つかうんだよ……」
ずっとタメ口だったのに。それが光の良さだったのに。いいなと思ってたのに。
河原まで走って、川に向かって叫んだ。
「あーーー! ムリだってーーー! おれみたいな冴えないヤツに、略奪愛なんかーーーっっっ‼」
「これは重症カナ?」
声。あの女の人だ。コンビニで遭遇した、おれをループに巻き込んだ張本人。
「もしもし。きこえてるかーい?」
「きこえてますよっ!」
「んもう、八つ当たりはヤメテよぅ」
「そっちこそ、きこえてますか」
「何が?」
「略奪愛とか、そんなのできないってことです」
「ギブ?」
「ギブってなんですか。英語ですか。おれの知らない言葉を――」
「えーい、ちょっと頭を冷やしなさい!」
ざっばーん、と頭から水をかぶった。
冷水。
冬場だったら、タダではすまなかっただろう。だが今は夏だ。かえって気持ちいいぐらい。
風がおれの服を乾かすように、強く吹きつけてくる。
「冷静になった?」
「はい……」
空は濃い灰色一色で、いまにも雨がふりそうだ。
「あのね、私もキミをフビンとは思うけどさ、こればっかりはどうにもならんのよ」
「そんなこと言われても」
「キミは〈高校二年生の7月14日から年をまたいで3月5日の間〉に閉じ込められてて、略奪愛しないと脱出できない――これは決定事項で、変えようがないのっ。キミががんばるっきゃないんだよ!」
それっきり、なにもきこえなくなった。
おれは……神サマからも見放されたのか?
それでも日常はつづく。
一学期が終わり、夏休みが終わり、二学期が終わって、三学期の三月。
(また、この日がきたか……)
家の前に仁王立ちするおれ。
横に三つならぶ家の真ん中の家の、花梨の部屋の窓をじっとみつめている。
一回目はあいつが「おーーーい!」と手をふった。二回目はカツと二人で顔をだした。
ということは――
(っ!)
窓があいた。
まず花梨が顔をだして、そのあとカツも顔をだす。手前がカツで奥が花梨。カツの体のほうが大きいから、花梨の姿はほとんど見えない。
「あっ」
花梨が小声で言ったのがきこえた。
おれに気づいたんだ。
カツの肩ごしに、背伸びした花梨がもぐらたたきのもぐらみたいに出てきて、目が合った。
やばい。
逃げよう、としたけど、
一瞬でフリーズした。
あの両肩におかれた手、二人の顔の角度と体勢、静かな雰囲気。
キスだ。
おれは幼なじみがキスされるところを、みてしまった。
実際、みえているのはカツの後頭部だけとはいえ……
「四回目の高二をやる準備はいいカナ?」
結局その場から逃げて、行きついたのは例のコンビニ。
スーツ姿の女の人は立ち読みをやめて、すーっとおれに近づいてきてそう言った。
「ムリです。おれに略奪愛なんて」
「まだそんなこと言ってる。カクゴきめて、やってみなって、略奪愛!」
「おれは花梨が好きなんです。この世の誰よりも」
「ス・テ・キ。あの子にきかせてあげたいね~」
女の人がキャラメル色の髪の毛を耳にかきあげた。
そして、胸ポケットから何かをとりだす。
「ごらん」
まるい折りたたみのコンパクトをあけると、その鏡面に花梨が映っていた。
くちびるに手の甲をあてて、ゆっくり動かしている。
目はキラキラ光って……よく見えないけど、泣いているのか?
「ネタバレするとね、じつはループしてるのはキミじゃないのサ。キミはただ、影響を受けているだけ」
鏡の中の花梨が顔をあげて、そのまざなしがおれとぶつかった。
よく知っている幼なじみだが、どことなく、さみしそうな表情だ。
「ループしてるのは、彼女のほうなんだよ?」
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