第6話 「うたう」には「白状する」という意味も
おれの幼なじみは、器用じゃない。
手先をつかうことがニガテで、もちろん料理も得意じゃない。
中二のバレンタインの数日前、
「
と冗談でからかったことがある。
ムリっていうのは〈手作りチョコ〉。
帰り道、女子は本命には手作りをわたすっていう話の流れで、おれが言ったんだ。
「ムリじゃないし」
「ムリだって」
そんなやりとりが数ターンあった。
そのとき、カツはいなかった。あいつは中学のときから剣道部で夜おそくまで部活してたからな。一方、おれはゆるい文化部に入っていた。花梨もそう。
「私だって、それぐらい……」
おれが「ムリ」っていうのがしつこかったのか、花梨の機嫌をそこねてしまった。
あとに引きずるタイプじゃないから、翌日顔をあわせたときにはケロッとしていたけど。
そしてバレンタイン当日――
「どうだ!」
赤い紙でラッピングしてピンクのリボンで飾りつけた手作りのチョコを両手でもって、腕をぴーんと伸ばしておれにつきつけてきた。
びっくりした。
こいつが手作りのチョコを作ったことにじゃなく、おれにチョコを渡してくれることに。
しかも、あの帰り道で話したのは「本命の男子には手作り」っていう内容だった。
小学生のときも中一のときも、そんなイベント知りませんぐらいにしれっとスルーしてたのに。
「ご……」
「ご?」
「ごめんなさい。花梨にはムリだとか言って」
「素直でよろしい。そーゆーとこ、シンちゃんのいいところだよね」
「もらって、いいのか?」
「うん」
おれはその夜、花梨の夢をみた。
あいつが白い、ウェディングドレスみたいな服を着てたんだ。
「もらう」とか「もらった」から連想したんだろうか……。
浮かれたんだろうな。女子からのはじめてのチョコだったから。そのうえ、おれの大好きな――――
「私?」
と、自分を指したのは、花梨じゃなかった。
人なつっこい、一年のショートカットの女子、
この子となぜか今、カラオケボックスにいる。
放課後、かなり目まぐるしい展開になったんだ。
まず光がおれの教室にきた。
「サンキューサンキュー!」とおれの手をとる。ほかのクラスメイトが見てる前で。「効果テキメンだよー。ほら、昨日……じゃなくておとといの『彼氏になってよ』の作戦! あのあと、あきらかにあいつの態度が変わったんだよね。登校デートも久しぶりだったしさぁ」
「そうなんだ」
「まー、でも浮気性なトコは直ってないんだけどね」
「浮気性か――」
ぱらり、と頭の中に紙が浮かんだ。
これは花梨がスマホで送ってくれた、略奪愛の注意書きだ。
花梨メモその一 …… 彼氏の批判はダメ!
「――なるほどな」
メモのおかげでブレーキを踏めた。
メモがなかったら「浮気性って、ひどいヤツだ」とか言ってただろう。
メモが正しいかどうかは不明だが、せっかくの花梨の助言だ。ここは信じるが
光がスマイルをつくって、
「シンちゃんに、何かお礼がしたいな」
と言う。
「お礼なんかいいよ」
「エンリョすんなって~」
「お礼もらうほどのこと、やってないし」
「うーん、じゃあさ、なんか悩んでるコトとかない? 私が助けになるよ?」
頭の中の紙がめくれて、二枚目にいった。
花梨メモその二 …… 積極的に相談をもちかけて!(ただし恋愛系はNG!)
つまり相談すれば親密になれるっていうことだろう。で、恋愛系がよろしくないのは、たとえばおれが「好きな女子がいる」とか言うと、話がややこしくなるからか。
相談……。なんか悩みを打ち明けろってことだよな。
そこで、クラスの誰かが鼻唄をうたっているのがきこえた。
「おれ、さ」
「ん?」
「じつは」
歌が上手くなりたいんだ、と切り出してみた。
そこからカラオケボックスに移動して、現在にいたる。
もちろん光と二人きり。
仕方ないから一曲、二曲、と適当な曲をいれて歌った。そして「まあまあいいじゃん」という感想をいただいた。その
「私? まじか。いやー、あんまりうまくないんだよねぇ」
「彼氏とはカラオケにいかないのか?」
「ヤツ、こういう場所は好きじゃないから」光はそこから、あざやかに質問に転じた。「カリンさんとはよく行く?」
ほんの一瞬、あいつとカラオケしてるイメージが
ぶすっとして、不機嫌な花梨の顔。
はは。あいつ、歌にコンプレックスがあるからな。ストレートにいえば、かなり音痴なんだ。
曲のイントロがはじまった。
何年か前に流行った男性ボーカルの曲だ。
「カリンさん、かわいかったねー。『私の彼氏だからっっっ』。どう、似てる?」
「おい。マイクでモノマネやめろよ。エコーもかかってるし」
「あー、あんなステキな彼女、私もほしーなー」
「女子だろ。おまえは」
しまった。
ついノリで「おまえ」なんて言ってしまった。
嫌われる?
たぶん、あまり親しくない男子から言われたくない二人称……
ぴっ、とリモコンを操作して曲を中止させる光。
せまい部屋に、重苦しい沈黙がおりた。
「シンちゃん」
真剣な表情。
え……そんなに、おれに「おまえ」って言われるの、イヤだった?
「かくれて!」
「はっ?」
「いいから!」
なにがなにやら。
背中を押され、なりゆきでテーブルのしたにもぐるおれ。
「バシ」
ドアがあいて、野太い男の声。あいつだ。光の彼氏だ。
「……一人か?」
「もち。ヒトカラだよん」
「めすらしいな」
「ストレス発散には、これが一番なのだよ」
「ほんとに一人か?」
「しつこいなぁ。それより、いっしょに歌ってかない?」
おーい!
こっちの身にもなってくれ。なんて提案をするんだ。
しかし、おれにはわかる。これは光の賭けだ。カラオケがきらいな彼はこの誘いにのらないっていう確信が、彼女にはあるんだ。
「くだらねーな。オレ帰るわ」
賭けに勝った! とおれも光も同時に心でガッツポーズしただろう。
(……ん?)
テーブルの下の床に、お菓子のチョコの包装紙が落ちていた。
おれの人生じゃ、チョコと隠れるってセットらしい。
中二のバレンタインのあの日。
「あれ? シンちゃん、どうしてかくれてるの?」
しーっ、とおれはくちびるの前に指をたてる。
家の近くの帰り道。遠くに、カツが歩いてくるのが見えて、おれはたまたま近くにあった工事の立て看板のうしろにかくれた。
「あれ? シラケンいなかったっけ?」
「えーと……」
「いないのか? おかしいな……ところで花梨、ちゃんとシラケンにチョコわたせたか? おまえ、何日も前からがんばってたもんな」
「あ、じつは――」ごそごそと、スクールバッグの中を手さぐりして「はい! マサちゃんにもあるよ」
おれは立て看板のうしろで、ずっこけた。
おれが本命じゃなかったのかーーーーっ! って叫びたかったよ。
そして恥ずかしかった。
思い上がるってこういうことだ。
おれと
きっと、あいつのチョコのほうが、おれのよりひと手間もふた手間もかけているんだろうな……って勝手に想像した。
「まだ時間あるね。シンちゃん、歌ってよ」
「オーケー」
おれは失恋ソングを熱唱した。
歌にハートが乗ったのか、
「うう~~~~~~~~~っ。く~~~っ、エモすぎ~~~~~!」
終わった後で、光は泣いていた。
会計してカラオケボックスを出ると、
「じゅうぶんだよぉ、歌唱力。私を泣かせたんだよ? 胸はっていいと思うぞ?」
「そうかな」
「そうそう」
そのままおれたちは駅に向かった。どっちも電車通学なんだ。ただし
向かいのホームに、彼女がいる。
(おーい)
と、無言でおれに手をふった。
かわいい後輩だ。
ショートの黒髪に
ん?
スマホに、ラインがきた。見なれないスマイルマークのアイコン。光だ。そういや、カラオケの合間にIDを交換したんだったな。
一行目から衝撃の内容だった。
しかも文末に、本気かどうかをボカすような、なぞの絵文字がついている。
「彼氏と別れようかな☺︎」
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