お七変奏

海崎たま

お七変奏

 波の寄る/白く縁どる/岸辺/砂浜/波の花

 甘いにおいが打ち寄せる。私たち/彼方へと運ばれる。彼方から波に運ばれ/小さな花が届く。

 岸辺/砂浜/波の花/白いレエスの上に/打ち寄せる/いつかの甘いにおい/橙色の/もう帰れない/小さな星たちのむくろのような

 打ち寄せた潮が引いていく/花は遠くに

 私たち/彼方へと運ばれる/

 いつか必ず、帰るところへ。


 その身からいづる火の粉が、木犀の小さな花であれば良かった。橙色の/小さな花の群生/星くずたちのむくろのような。

 生年はひのえうま、火星の陽の生まれであった。お七が母のはらにいたとき、母は下剤をんでお七を堕ろそうとした。お七が赤子だった頃、父親はお七をその手でくびろうとした。母は泣いてお七をかばった。

 その身から出る炎が、いずれ添う男を焼き尽くすのだと言われて育った。お七はいつも独りだった。誰もがお七を疎んだ。その身に宿る炎を避けた。

 少女の身は、火を宿してなどいなかった。我が身の潔白を信じ、疑いつつ、お七は育った。けれど、同じ年に生まれたひのえうまの娘は、死んだ。自死だった。


 もしもこの子が女子ならば

 こもに包んで縄をかけ

 海に流してつっぽんぽん

 下から雑魚がつつくやら

 上から鳥がつつくやら


 女たちの身は火を宿してなどいなかった。我が身を信じきれず、信じてもらえず、たくさん、ひのえうまの女が死んだ。


 波の寄る/岸辺/砂浜/波の花

 その身から出る火の粉が、木犀の小さな花であれば良かった。

 小さな星の群生/星くずたちのむくろが/くらい宇宙の底に向かって降るように/橙色の小さな花が/夜の波間に撒かれるように。

 の日、母に堕ろされた/父にくびられた/幼い少女の魂は/潮に流され/彼方/海に帰っていったのでしょう。

 花は遠くに/木犀の甘いにおい/昏い宇宙の/世界の起源/私/こんな昏いところで生まれたの/私たち/こんなに寂しいところから/孤独になるため生まれてきたの。


 お七の身から火が出た。そう、思われた。真実はわからない。小火ボヤだった。

 江戸の町中の人々が噂した。お七。少女はひのえうまの女。その身に宿る炎で、男を焼き殺す。少女とはいえ、恋に狂った悪女哉。

 少女は縄にかけられ、白洲に引き出された。南町奉行、甲斐庄正親かいのしょうまさちか、年端もいかぬ少女を憐れんだ。ただ一言、少女が齢を偽ってくれさえすれば良かった。十五に満たぬ年少ならば、せめて火あぶりは免れる。

 目と目が合った。初めて優しさに触れた。お七は、彼方へと運ばれた。寄せた潮が引くように/星のむくろの行く先/幼かった自分/死んでいった女たち/生まれたことの孤独。

 少女は静かに答えた。私は、ひのえうまの女です。火星の陽のもと生まれました。歳は十五でございます。

 芯まで燃えてずいぶん小さくなったお七のからだは、海に流された。波の寄る辺。潮の香りの中に、人は木犀のにおいを嗅いだ。天からちる数多の流星を見た。宇宙のいちばん昏いところから、孤独になるため降る流星は、その身に炎を宿していた。

 岸辺の波に花降るように/寄せた潮が引いていくように/生まれてしまった寂しいところへ/いつか必ず帰っていくように/流星は燃えながら、地上へ火箭ひやのように降り注いだ。

 お七の居ない江戸の町が、聖書のように燃えた。

 (花は、遠くに。)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お七変奏 海崎たま @chabobunko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ