第30話

 僕は浮き立つ思いを抑えて尋ねた。

「ああ」

 ヒデはおそらく電話口でオーバーに肩をすくめている。

「残念だな、なんか」

 僕は思ってもないことを口にした。

「んー、まあアイツにとってはいい勉強になったんじゃねえかな」

 ヒデは妙に神妙な雰囲気で言った。

「大切な人は実は一番近くにいるって、あいつにはわからなかったんじゃねえかな。離れてから気づいてるようじゃ遅いんだよ」

「何様だ、お前は」

 ヒデがそうおどけて語るのを、僕はただただいつものように突っ込んだ。

「俺らしくなかったかな」

「いや、お前らしいよ」

 長く付き合っている彼女を大切にしているヒデを思うと、それもまた本心だった。

「そんじゃ、恋愛マスター。次会うまでにお前も大切な彼女との結婚の話を進めとけよ」

 僕がそういうとヒデは笑いながら電話を切った。

 僕は昼間の出来事をヒデに話そうかとも思ったけど、口の軽いヒデに話したら今後どうなるかわからなかったし、そんな無粋な真似をしたくなかったから黙っていることにした。通話の切れたスマホをテーブルにおくと、独り耐え続けてきたかなえのことを想った。ジュンヤの奔放な生活を知りながら、黙って耐えてきたのだろう。それがどれだけ辛かったのか、僕には計り知れなかった。かなえが深酒をしてしまう理由もわかるような気がする。それがきっかけで偶然にも僕の部屋へ来てくれたのは、幸運だったのかもしれない。世間は狭い。僕とかなえもそんなことを昼間に言っていたばかりだったけど、改めてそう感じる。さっきまで側にいたかなえの気持ちと、その彼氏であるジュンヤの気持ちとをこんな形で知ることになろうとは思いもしなかった。僕はヒデとの通話を通じて、興奮にも似た感情を抱いた。アイツが情報通になりたがる気持ちもなんとなくわかる気がする。他人の不幸は蜜の味。そんな言葉を思い出しながら、僕はふとあることが気にかかった。

 かなえのあの電話が終わった時には、すでにジュンヤに対する気持ちが決まっていたのことになる。かなえはすでにフリーで、かなえは僕の言葉を待っていたんじゃないか?かなえの態度を見てもどうもそんな気がする。

「覆水盆に返らず、だよ」

 かなえはそう言っていた。取り返しがつかないことって、生きていればたくさん起こってしまう。それも、よりによって生きて行く上で重要なことばかりが。僕もかなえに対して取り返しのつかない対応をしてしまったんじゃないか。そう思うといても立ってもいられなくなってきた。

「諦めるにはまだ早いだろ」

 僕は意を決して携帯と財布をポケットにねじ込むと、玄関へと急いだ。かなえが今どこにいるかわからなかったけれど、とにかく追いかけてみようと思った。会えるかどうかなんてわからない。見つけられるかどうかなんてわからない。それでもよかった。そんなことは関係なかった。縁があれば会えるでしょと言ったのは、ほかならぬ僕自身だったから。

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