第29話
「まじ?」
僕は平静を装って聞いた。
「うん。まあ自業自得だよな」
「確かに。そんなに親しかったっけ?」
単純な疑問をヒデにぶつけた。
「お前は知らないだろうけど俺、結構アイツとは仲良くしてるんだぜ」
「ふーん」
初耳だったけど、顔の広いヒデを思えばそれも不思議なことではなかった。
「アイツ女遊び激しいけど、ああ見えて彼女さんのこと本気で好きでついに結婚すること決めたみたいなんだわ」
「虫が良すぎない?」
思わず口に出てしまった。でも、あのかなえの涙を知っている僕には、それを飲み込むことなんて到底できなかった。
「だよな。俺もそう思う」
ヒデは続けるのをためらっているようだった。僕が声を荒げるなんてそうないことだったから。
「いいから、続けて。それだけじゃないんだろ?」
僕は言葉の続きを促した。普段の自分ならどうでもいいわと言って通話を切るような内容だが、今日ばかりは何よりも気になるトピックだった。
「珍しいな、お前がこんなに食いつくなんてさ」
僕はどきりとしたが、そういう年になったんだよ、なんて苦し紛れにごまかした。ヒデもそっかと特に興味なさげに続けた。
「そんで。あいつプロポーズしに彼女さんの家にアポなしで行ったみたいなんだけど」
ジュンヤがかなえの家に行っていることは既にかなえから聞いていた。
「なんか嫌な予感するな。彼女さんが浮気してたとか?」
僕は答えを知ってはいたが、知らないふりをして尋ねた。
「いや、逆。いなかったんだって」
「いなかった?」
知らないふりをするのはこうも疲れるものなのかと僕は呑気に思いながら続きを促した。
「土日はいつも家にいるのに、なぜか今日はいなかったみたいなんだよ、彼女さん。連絡しても繋がらないしで」
そりゃそうだ。ずっと僕と過ごしていたんだから。
「ふーん。それで?」
「繋がったときに口論になったらしい」
「なんでそんなに詳しいんだよ」
僕は苦笑いしながら尋ねた。
「情報通を舐めんな」
そういえばそうだったな。
「やっと電話に出てくれたのに、ジュンヤのやつ彼女さんに怒ったらしくて」
「随分と身勝手だな」
本心だった。
「まあな。でもいつもそうしてたみたいだし、今回もそれで彼女さんもしおらしくなると思ってたんだって」
「ひでえな」
かなえにそんな態度で接していたかと思うと、心底腹が立ってくる。
「でも、今回は違ったみたいで」
電話の後、かなえはあんなに泣いていたのに?
「毅然とした態度だったみたいよ、彼女さん」
「へえ。なんかあったのかな?」
昼間の出来事をおくびにも出さずに、僕は言った。
「さあな。結婚の話を出してきたのも彼女さんからだったんだってさ」
「どういうこと?」
力なく僕は尋ねた。
「それがさ、別れることになったみたい」
「え?」
僕の頭がフリーズした。結婚というフレーズに、別れというフレーズ。どうなってんの?
「彼女さん、長いことジュンヤとの結婚を待ってたみたい。でも、アイツは相変わらずで。彼女さんが、別れを切り出してきたんだって」
「じゃあ、彼女さんが結婚の話を出してきたっていうのも」
「ああ。浮気性のあなたとは結婚するつもりはもうないし、時間の無駄だから別れてって言われたらしい」
ヒデの話に合点がいった。
「じゃあ、腹が決まったのは別れる方向に、なのか」
「どうもそうらしい」
しぼんだ心が急速に膨らんでいくのを感じながら、僕は左右されやすい男だなと、少し恥ずかしくなった。
「それを、なんで俺に教えてくれるわけ?」
あまりにも込み入った話を秀幸がしてくるのは初めてだった。
「お前が聞きたがったからだろ」
ヒデは笑いながら言った。
「確かにな」
僕がそう笑うとヒデは続けた。
「ジュンヤもまさか彼女さんがそんなに怒ってるなんて知らなくて、今までのことを慌てて謝ったらしいんだけど」
「時すでに遅し?」
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