第28話
なんて濃い一日だったのだろう。本当に現実だったのか、今日一日で何度確認したことか。日中は賑やかだったこの部屋も今はどこか寂しげで、その主人を失ったかのようで。この部屋自身も、愛してくれていたかなえさんに住み続けて欲しかったのかもしれないなあなんて思う。長年住んでいるこの部屋がなんだか自分の部屋じゃないような気さえしてきた。僕はソファーに力無く腰掛けると、大きくため息をついた。
「本当にこれで良かったのかなあ」
僕の独り言は誰もいない空間に溶けて消えた。僕はゆっくりと立ち上がってテーブルに並んだ二つのマグカップを手に取り、シンクへと向かった。
「結局やってねえじゃん」
昼食の二人分の食器がシンクに積まれている。
『帰ってきたら私がやるんだけどね』
昼間のかなえの言葉を思い出して僕は苦笑いしながらマグカップをシンクの空いたスペースに転がしてソファに戻った。あとで僕が洗おう。かなえのいた痕跡が消えていくのがとてもさみしい。とはいえ片付けないわけにはいかないんだけど。
ソファの前のテーブルには二人で完成させたパズルが置いてある。ノリが乾燥したのか、少しだけ反り返っている。
「乾いたかな」
僕は恐る恐る美しい街並みを人差し指で撫でた。どうやら既に乾いているようだったから、かなえが買ってきた額縁に丁寧に入れた。どこに飾ろう。かなえはそろそろ駅に着く頃かな。
今頃、かなえはジュンヤに会うために、帰り道を急いでいることだろう。もしかしたらあの時、強く引き止めていたら現実は変わっていたかもしれない。でも、僕には出来なかった。そうやってかなえを引き止めたとしても、いつまでもジュンヤに対する気持ちがかなえの中に残り続けることを、僕は心のどこかでわかっていたからかもしれない。これからあの二人はどうなっていくんだろうか。そして僕は今後どうしていくんだろうか。期待せずに、これからまた始まる味のしない日々を生きていくんだろうなあ、と僕は思った。
普段鳴ることの少ないスマホが着信を知らせた。ちょうど僕が壁掛け時計の下にパズルを飾るための画鋲を刺しているときのことだった。そういえば、僕の方こそスマホをみてなかったな、なんて思いながらスマホの元へと向かう。ディスプレイを確認すると、発信者はヒデだった。
「おい、全然連絡返ってこないから電話までしちまったよ」
「悪い悪い。一日電話ほっといたんだよ」
「だと思ったよ」
電話先でヒデが苦笑いしているのを感じた。
「昨日の店に傘忘れちゃってさ、代わりに取りに行ってくれねえかな?」
「別にいいよ」
「助かるわ」
僕がそれじゃ、と電話を切ろうとすると秀幸が続けた。
「そういや情報通の最新速報聞く?」
「いや結構」
そんな気分にはなれない。
「そういうなって。ジュンヤがプロポーズ断られたらしいぜ」
ジュンヤという単語を聞いて僕の腹がドクンと疼いたのを感じた。今日一日で何度その名を耳にしただろう。
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