第27話
「さ、私行くね」
唐突に、かなえは意を決したかのように立ち上がった。
「それがいいです。ジュンヤ、もっと怒りますよ」
「ふふ」
「泊まっていって貰ってもいいんですけど」
僕はジャブを打つかのようにかなえにそういったけど、全く効いていないようだった。
「さっき自分で言ったでしょ。覆水盆に返らず、よ」
「・・・残念」
僕はさぞかし残念そうな顔をしていたことだろう。かなえはカバンを手に取ると、玄関の方へ向かった。
「あ、駅まで送りますよ。最近この辺も物騒らしいですし」
僕はかなえに寄り添うように横についた。
「いい」
「でも、危ないですよ?」
物騒な地域という実感はないけれど、単純に僕が最後までそばに居たかった。
「本当にいいから。本当に」
切実なかなえの言葉に、僕の足は玄関で止まった。別れが辛くなるのは、きっとかなえも同じなのだろう。
「そう、ですか。わかりました」
僕は座り込んで靴を履くかなえのつむじを見つめながらそう答えた。
「ね、今日は本当にごめんなさい。それと、ありがとう」
かなえは靴を履き終え、立ち上がるとドアの前で僕の方をしっかりと見てそういった。そんな言葉が欲しいんじゃない。
「いいんですよ。とても刺激的な一日でした」
「本当にね」
「世界は狭いんだなってことも知りましたし」
僕はジュンヤのことを、少し皮肉を込めて言った。
「本当にね」
かなえは苦笑いをしている。
「ね、パズル。キミにもし彼女ができたら本当に処分してね」
「わかりましたよ。何回言うんですか」
僕は呆れてしまう。
「だって、なんか心配で」
「母親ですか、本当に」
「そんな気分」
自然に上目遣いをしているかなえを抱きしめたい衝動と戦うので僕は精一杯だった。
「ね、また。会えるかな?」
かなえは視線をそらしてそう言った。僕は答えられなかった。
「本当に、楽しかったから・・・。これで終わっちゃうのはなんか寂しい」
「また、会えるんじゃないですか。僕はまた会いたいですよ」
かなえを見ることができずに、僕はそう伝えた。
「本当?」
かなえの声は嬉々としている。
「はい。でも」
「でも?」
「いつかどこかで」
「いつか?」
「いつか」
「どこかで?」
「はい。どこかで」
ようやくかなえを見る。頭の上に疑問符が浮かんでいるのが見える。
「はい。僕とかなえさんの間に縁があるなら、また会えると思いますよ」
「本当にそんなこと言って。会えなかったら寂しいじゃない」
「でも日時を決めて会ったらそれはそれでなんか違う気もします」
僕は憎々しくそう伝えた。が、かなえはそうは受け取らなかった。
「確かにねえ。すぐに会えると思うけど」
かなえが苦笑いをしながら言った。
「あ、なんか強くなりましたね」
僕がそういうと、かなえはへへと笑った。
「だから、また、いつかどこかで」
「うん・・・」
「元気で居てくださいね?」
「私からここに来るのはダメ、なんだよね」
かなえは僕の反応を伺っている。
「ダメです」
「本当ケチだよね」
「勝手に言っててください」
そう言うと、お互いに笑い合った。
「じゃ、私行くから」
すっきりとした表情のかなえはドアの方を向いて、鍵を開けた。ガチャリと言う小気味のいい音が鳴る。
「はい。本当に、お元気で」
「キミもね」
再び振り返ったかなえの顔が近づいてくる。どんどん。スローモーションのように世界がゆっくりになる。ああ、これが走馬灯か。交通事故以外でもあるもんなんだなあ、と僕が呑気なことを考えていると、僕の右頬に温かくて柔らかい感触がした。
「キミに彼女らしいこと、何もしてあげられなかったから」
僕は目をまんまるくしていると、かなえはそのまま「それじゃ、またいつか」とだけ言って颯爽と僕の部屋から立ち去って言った。呆気にとられるとはこのことを言うのだろうか。僕は、そのままへなへなと玄関に情けなく座り込んだ。玄関のドアが大げさな音を立てて閉まる。再び、世界がいつも通りに流れ始めた。
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