第26話

「やっとできたねえ」

 かなえは嬉しそうに箱の写真と、目の前のジグソーパズルとを見比べながら言った。

「短時間でしたけど、達成感ありますね」

 僕は付属のノリをパズルに塗りながら答えた。

「時間、大丈夫ですか?」

 僕は、安物の壁掛け時計に視線をチラッと向けてかなえに尋ねた。

「うん・・・」

 かなえも時計を見てから、自分の足のつま先に視線をやった。嫌な沈黙が二人の間を流れる。

「この部屋を出たら、かなえさんが彼女じゃなくなっちゃうんですねえ」

 僕は名残惜しんでそう言った。かなえは黙って頭を膝の間に埋めた。

「あーあ!ジュンヤが羨ましいですよ」

「どうしてそういうこと言うかなあキミは」

 かなえは頭を上げずにポツリと言った。

「だって仕方ないじゃないですか」

 僕は我ながらズルイことを言っている、と思いながらも止められなかった。

「純粋に今日一日が楽しかったですから」

 かなえは何も言わない。

「そろそろ、時間ですよ・・・」

 僕は心にもなくかなえの帰りを促すかのような言葉を発した。かなえにもはっきり聞こえていたはずだが、かなえは何も言わず再び二人の間に沈黙が流れた。

「キミはそれで、いいの?」

 長い沈黙を破って、かなえは僕にそう尋ねてきた。

「何がですか?」

 かなえの聞きたいであろうことはわかったが、僕はとぼけてそう返した。俯いたまま。僕はかなえと目を合わせることができなかった。

「何がって・・・。このままさよならでもいいの?」

 いいわけがない。できることなら、ずっとこのまま。僕の彼女でいてほしい。幾度となく喉から出かかったこの言葉が、僕の口から発せられることはなかった。

「仕方ないですよ。かなえさんには、ジュンヤがいるじゃないですか。それを差し置いて横取りなんてできません」

 不本意だった。不本意だったけど、いまの僕にはこう答えるしかない。僕のその答えに、かなえは大きく息をつくと、そっか、とだけ言った。

「それとも、ジュンヤと別れてくれるんですか?」

 僕は恐る恐る聞いてはみたがかなえは、ただ笑みを浮かべるばかりだった。わかってはいた。

「ジュンヤ、今どこに?」

「さあ。私の家の近くかな?わかんない」

 やけに歯切れが悪いが、そんな話はしなかったのだろう、と僕は思った。

 かなえは、再び壁掛け時計を見つめる。電話がきてから時間が立っているから、相当待たせているはずだ。

「じゃあ、もう・・・」

 僕は、少し絶望混じりにそう呟いた。

「そんなに言うなら行こうかな」

 かなえは弱々しげに笑った。僕はスッと立ち上がって、わざとらしく伸びをした。

「ほんと、楽しかったです。こんな偶然、人生であるなんて思っても見ませんでしたよ」

「もうこんなことは二度とないようにします」

「何度もあっちゃ困りますよ」

「ほんとだよね」

 そういうと、僕たちはどちらからともなく見つめあった。本当に、自然に。

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