第25話

「落ち着きましたか?」

 泣き疲れたのか、ソファにもたれてぐったりしているかなえに僕は温めた牛乳を差し出した。少しだけ砂糖を入れて。

「ありがとう」

 そう言うとかなえはマグカップを両手で包んだ。熱を体に取り込むかのように。

「それで、ジュンヤはなんて言ってたんですか?」

 しびれを切らしてしまった僕は尋ねた。

「来てるんだって。私の家の近くまで」

「約束してたんですか?」

「ううん、全然。勝手だよね」

 かなえは困ったような表情を浮かべながら、弱々しく首を振った。

「どうします、これから」

 聞きにくかったけれど、僕は尋ねた。かなえは相変わらず押し黙っている。まだ悩んでいるようだった。

「もう少し、お話ししませんか?」

 かなえは何も言わずに、僕の目を見つめた。

「今日だけは僕が彼氏のはずです。まだ、終わりには時間があります」

 僕は明るい表情、声色でいることに努めた。

「ん、そうだよね」

「それでこそ僕の彼女です」

 僕はそう言って冷めたコーヒーを口にした。かなえも熱々の牛乳を口に運んだ。


「好き、なんですよね」

 僕は恐る恐るかなえに尋ねた。なにが、なんて今更言うまでもない。

「うん。とっても」

 一呼吸置いて、かなえは自分の言葉をかみしめるようにそう答えた。それが僕の胸に深く突き刺さる。

「本当に好き。長く付き合ってるから情も絡んでるのかもしれないけど。それも含めて本当に好き」

 かなえは僕に微笑みかけた。ならば、なぜ。いたずらにこんな一日カップルなんて始めたのだろう。なぜ僕の心を弄ぶのだろう。今度は僕の方が押し黙ってしまった。

「どうしてキミが黙っちゃうのよ」

「いえ、特に深い理由はないです。幸せそうだなあって思って」

 かなえはハッとした。

「もちろん、キミにもきっとすぐ素敵なパートナーが現れるから!」

 見当違いなフォローをありがとう、と僕は心の中で悪態をついた。気まずそうな表情でかなえがこちらの様子を伺っている。

「大丈夫です、傷ついてないですから」

「そっか、よかったあ」

 心底ホッとした様子のかなえに、怒る気すら消え去って行く。

「どんなところに惚れたんですか?」

「ジュンの?そうだなあ。最初は見た目と雰囲気だよね」

 ああ、始まる・・・。

「Sなところもキュンとするし、ついていきたいって思っちゃうんだよねえ」

「はあ・・・」

「それにね、他の女の子にモテるって言うのも嫌なんだけど好きなポイントかなあ」

「そうなんですか?」

 女性というイキモノがよくわからなくなってくる。

「そりゃそうよ。危ない感じもするし、いつもドキドキする。そりゃあ安心感も欲しいんだけどね」

「ジュンヤは兼ね備えてるんですねえ」

「そうなの。私のツボを押さえられちゃってるっていうか」

 自分で聞いておきながらジュンヤという壁の高さに圧倒されている自分がいる。経験値があまりにも違いすぎる。

「時々甘えてくるのも、ちらっと弱いところ見せてくるのもホントに好きなんだよねえ」

 もう聞きたくなかったが、かなえはそれからもしばらく続けていた。

「ねえ、聞いてる?」

 かなえは怒った様子で僕に尋ねてくる。

「もうお腹いっぱいです・・・」

 いろんな意味で、僕にはもう聞いちゃいられなかった。僕は適当に相槌を打ちながら、残りわずかとなったジグソーパズルの完成を目指した。

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