第23話

「あと少しだね」

 かなえはふうと一息つくと、そう言った。

「はい、思ったより簡単ですね」

「色がはっきりしてるからかな」

「かもしれないです。でもなんでジグソーパズルだったんですか?」

 かなえは少し黙った。

「うーん。やったことないことをキミとやってみたかったから、かな」

 そう言ってかなえははにかんだ。

「僕、こうやって誰かと何かを共有したことないから新鮮です」

 僕はこれまでの自分の人生を思い出していた。

「学校祭とかの準備もろくに手伝ったことないですし、他人とのコミュニケーションが希薄でしたから」

「なにそれ」

 そういってかなえは笑った。かなえは頑張るタイプだったに違いない。

「みんなが頑張って一つのものを作り上げているのを遠くで黙って羨ましがってるような生徒でした」

「あー、いたねえ。そう言うタイプ」

 かなえは苦笑いを浮かべている。そこに全てが詰まっているような気がする。

「でもこうやって一緒にやる楽しさを思うと」

 僕はなぜか、ここで一呼吸をおいた。かなえの視線が僕に向く。

「やってくればよかったって少しだけ後悔してます」

「そりゃそうよ。戻れないんだよ、時間は」

 かなえはまるで仙人にでも長老にでもなったかのように堂々と言ってのけた。

「でも、かなえさんだからかもしれません」

 僕は恥ずかしげもなく言ってのけた。

「どう言うこと?」

「かなえさんとだから、楽しく感じられるのかもしれません」

 僕は自分で言いながら、自分が言ったことの意味を感じて顔が赤くなって行くのを感じた。その時かなえをみると、どうやらかなえもどこか顔が赤いような気がした。二人の間に沈黙が流れたが、どこか甘酸っぱい、悪くない沈黙だった。その時、かなえの携帯が鳴った。

「・・・。」

 かなえはビクッとしながらもディスプレイを一度見ると音を消してジグソーパズルに取り掛かろうとした。それは、あまりにも不自然に。

「どうしたんですか?」

 僕は聞かずにはいられなかった。

「ん、別に」

 そう言って鮮やかなピースを片手に完成しかけのパズルを眺めているが、かなえの心はそこにはなかった。

「出たらいいじゃないですか」

 スマホ内蔵のメロディーは消えたが、低い振動音がかなえのカバンから聞こえてくる。

「ルール違反になっちゃうから」

 かなえは気まずそうにそう言った。バイブレーションの音が止んだ。と同時にかなえは一層悲しい表情を浮かべた。

「そんなルール最初に言いました?」

「言ってないけど。キミに失礼だから」

 かなえはまだピースを見つめている。

「ルールなんて初耳ですけど。ルールは破るためにあるんじゃないですかね」

 思ってもいないことを言った。

「でも・・・」

「ジュンヤからでしょ?」

 僕の言葉にかなえはおし黙る。再びかなえの携帯から着信音が鳴り始めた。

「いいですよ。僕、少し進めてますから」

 僕はそう言うと、地味な色のピースを一つ手に取り、かなえに見せた。

「うん・・・。ごめんね?」

 かなえは申し訳なさそうに立ち上がると、急ぎ気味に玄関の外へと向かって行った。僕はそれを見ることもなくジグソーパズルに目を落とし続けた。

 ごそごそと玄関の方で音がすると、ドアが開いて閉まる音がした。それを聞くと僕は大きくため息をついた。

「何してんだろうなあ」

 目の前のジグソーパズルが急に恨めしくなる。半分以上完成したヨーロッパの街並みを不意にぶち壊したい衝動に駆られたが、それをしたところでどうにもならないことも、戻ってきたかなえが悲しい顔をするのも僕にはわかっていたから、自分の太ももをグーで強く叩くことしかできなかった。そして地味な色のピースを壁に向かって投げつけた。軽いピースは軽い音を立てて壁に当たった後、静かに床に落ちた。

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