第22話

「それより用事は済んだんですか?えらく早かったですけど」

「うん、ヨユー」

 得意げにそう言う彼女は何か紙袋を持っている。家電量販店の紙袋。お土産でももらって来たのだろうか。

「誰かに会ってきたんですか?」

 聞くつもりはなかったが、気になってしまう。

「ううん、違う」

「あ、じゃあお気に入りの店でお買い物ですか?」

 自分でそうは言ってみたがそれにしては、家電量販店の紙袋はおかしい。

「それも違う。一緒にやろうと思って」

 そう言ってかなえが見慣れた紙袋から取り出したのは、たった百五十ピースのジグソーパズルだった。

「夢だったの。彼氏と二人で何かを作るのが」

 本物の彼氏とやったらいいじゃないですか。そう拗ねた気持ちで言いたくなるのを僕はぐっと飲み込んだ。

「僕でいいんですか?」

 待っていた言葉は一つだった。

「うん。だってキミが彼氏でしょ?」

 その言葉を。

「そうでしたね。今日一日だけは」

 そう自分で言っていて虚しくなった。できることなら、ずっと、そう思ってしまう。

「うん。さ、作ろう?」

 僕たちは、テーブルの上を片付けて、ジグソーパズルをザラザラとぶちまける。バラバラになったヨーロッパの街並みがテーブルの上に広がった。

「一応これも買ってきたんだ」

 かなえは小さな額縁をテーブルの脚に立てかけた。

「気が利きますね」

「せっかく作るなら、壊したくなくて。邪魔になったら捨てていいから」

 ずるい人だ。そう言って寂しげに笑うかなえを僕は抱きしめたくなる衝動に駆られた。

「そんなわけないじゃないですか。飾らせてもらいます」

「そう言ってもらえると嬉しいけど・・・。彼女ができたら捨ててね、絶対」

「そんなこと言わないでくださいよ。彼女でしょう?」

 僕はパズルの角を探しながら、ふざけることもなく言ってのけた。

「そう、だね」

 かなえは笑った。やはりどこか寂しげに。

「さ、作りましょう。楽しく」

 僕はそんなかなえを無視して、ジグソーパズル作りに取り掛かった。かなえも、角を集め始めた。

「ジグソーパズル、得意?」

 かなえが突然訊ねてきた。

「いえ、ほとんど経験ないです」

「そうなんだ」

「そう言うかなえさんは?」

「私も全く」

 そう言ってかなえは笑った。

「どうしたんですか?」

「ううん。不思議だなあと思って」

「何がですか?」

「今朝初めて会ったのに、今やこうして仲良くジグソーパズルを作ってるんだもん」

 言われてみれば本当にそうだ。だけどその奇妙さがなぜか僕には心地よかった。

「僕はもう違和感ないですよ」

「本当に?ならよかった」

 僕たちは時折ふざけながら、でも大半は黙々とジグソーパズルを作った。僕は人と沈黙を共有するのは好きではないけれど、かなえとのそれだけは例外だった。沈黙でさえ、楽しかった。

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