第21話
「ちょっと」
「んふふ。うまい」
なんてことないことなのに、すごく喜んでいる自分がいる。まるで思春期の中学生みたいに。
「言ってくれればあげるのに」
「それじゃ意味ないでしょ」
そう言って満足そうに、もう一口コーヒーを飲んでいる。僕は意を決した。
「それなら」
「へ?」
僕もお返しとばかりに、彼女のミルクティーを奪い取った。そして、何も言わずにグッと一口飲んだ。とても甘い。
「ずるいじゃない」
「おあいこです。ああ、うんまい」
かなえは一瞬恨めしそうにしたが、その後すぐに満足そうな笑みを浮かべた。
「本当に付き合ってるみたいだね、私たち」
「はい、本当に」
かなえの口からそんな言葉が出てくることが何よりも嬉しく、そして悲しい。
「ね、少しだけ別行動してもいいかな?」
ふと、何かを思いついたように、かなえは言った。
「構いませんけど、どうかしました?」
「ううん、少しね」
かなえは何を考えているのだろう。学生時代に仲の良かった人に会いにでも行くのだろうか。それも無理はないだろう。何せ久しぶりの街に、久しぶりにいるのだから。
「わかりました。じゃ、これからどういう流れにします?」
かなえは口元に手をやり少し唸ると、何かを決めたような表情をした。
「そうだなあ。三十分もあれば私の用事も終わるから、それまで別行動!」
「わかりました。集合場所はまたここでいいですか?」
「ううん。キミのお部屋でもいい?」
「僕は大丈夫ですけど」
「じゃあ、三十分後に、また」
そういうと、かなえはカバンを肩に下げて、颯爽と僕の前から立ち去って行ってしまった。
「さてと」
僕は三十分も暇を潰せるほどこの街に用はなかったため、一足先に自分の部屋に戻ることにした。かなえが先に戻って部屋の前で待たれるのもいい気がしない。かなえが持っていた鍵はすでに僕が預かっていたから。
僕は帰りすがり、本当にかなえが戻ってくるのか不安になった。そもそも昨夜から起こっている出来事が、現実なのかも怪しくなってくる。僕は狐にでもつままれているのではないだろうか、そんな気さえする。ずっと彼女ができなかった僕に現れた、タイプの女性。しかも現実離れした展開。こんなことが本当にあるのだろうか。
その不安やら心配は部屋に着いてからも消えることはなかった。だけど、今朝使った二つのコーヒーカップがテーブルの上に並んでいるのを見ると、現実だったんだなと僕の不安を打ち消して行くのだった。
「ただいまー」
かなえが帰ってきたのは約束の時間より少し早かった。自然とただいまの挨拶を口にする彼女にさらに引き込まれたのはいうまでもない。
「おかえり。早かったね」
僕は照れるのを抑えて、自然とそう答えた。
「本当に彼氏みたいだね。キミが彼氏だったら本当に毎日楽しいだろうなあ」
たとえそれが社交辞令でも、僕にとっては十分な言葉だった。
「その言葉が本当なら嬉しいんですけどね」
「本当に思ってるから!」
そういうと僕たちは黙って見つめあった。そしてどちらからともなく吹き出した。
「何よ」
「そっちこそなんですか」
何がおかしいのか僕にはわからなかったけれど、とにかくかなえとのやりとりの一つ一つが楽しくて仕方なかった。
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