第20話

「いいんです。慣れてますから。多分しばらくはできないんだろうなあと思います」

「優しいって難しいねえ。ジュンにも見習ってもらいたい」

 悲しげな笑み。

「かなえさんの彼は、どこの学部にいたんですか?」

「工学部だったね、そういえば。キミと同じだ」

 工学部。もしかして。ジュンって言ってたけど。

「名前は?」

「ジュンヤ」

 知っている。よく知っている。

「ジュンヤかあ」

「知ってるの?」

「はい、とてもよく」

 ジュンヤは同級生だった。ノリの軽い面白いやつで人気もあったけど、僕は好きじゃなかった。女ウケのいいジュンヤへの妬みも多分にあったと思う。

「同い年ですし、学科も同じですから」

「あ、そういえばそうか」

「年下と付き合ってたんですね」

「そうなのよ。キミから見てジュンはどう?」

 目をキラキラさせながら、かなえは尋ねてきた。

「えっと・・・」

 昨日のヒデとのやりとりを思い出した。

『ジュンヤのやつ、まだ懲りずに女遊びしてるみたいだぜ』

『いいよ、そんな情報。どこから仕入れてくるんだよ』

『この前あいつと飲む機会あってさ。しょうもないことをさも自慢げに語ってた』

『こっちは無縁だってのに』

『オマエと一緒にすんな』

『酒が不味くなるからもういいよ』

『元からまずいだろ』

 酒のせいで薄れていた記憶がブワッと脳内に映し出された。そして、学生当時のことを思い出す。女遊びの激しいジュンヤ。すぐに下級生に触手を伸ばすジュンヤ。面倒見は良かったが、僕は快く思っていなかった。彼女がいながら、どこそこの女子大と合コンしたなんて話をしばしば作業中に聞かされて、無理やり作り笑いをしていた。飲み会の席でも、自らの女遊びに関する講釈を度々聞かされた。その彼女がかなえのことだというのは、当時は知らなかった。もし、知っていたとしたら、笑ってなんていられなかっただろう。

「ねえ、教えてよ」

 楽しげに聞くかなえに、そんなことは言えなかった。

「えっと、面倒見のいいやつでしたよ。話も面白いですし。とにかく人気者って感じでした」

 ここで本当のことを話すのも、一つの手段かもしれない。でも、そんな口の軽いことをしても、結局は自分にマイナスにしかならない、と僕は短い時間で浅はかにも計算をしていた。

「そっかあ。後輩に人気あるって他の友達も言ってたしなあ」

 自分の彼氏を誇りに思う、そんな自信があるようにかなえは言った。

「いいやつでしたよ。連絡取ってないですけど」

「世界は狭いねえ」

 幸せそうに笑うかなえを見て、僕の腹の中でどす黒いものが渦巻くのを感じた。

「女遊びは激しかったみたいですけどね」

 そんなかなえを見て、思わず口走ってしまった。かなえはさっきとは打って変わって固まってしまった。

「すみません・・・」

 かなえは僕の謝罪に首を振った。

「いいの。知ってるから」

 かなえは無理やり笑みを作っている。

「浮気されたこともあるしさ。それも一度じゃないし」

 当時を思い出しているのだろう。悲しい顔をしている。

「今は違うって信じてるんだけどね」

 そんなやつ信じなくていいんだよ。そう言いたいけれど、こんな僕じゃそんなことを言えるはずもなかった。

「かなえさんの魅力があれば大丈夫ですよ」

 僕にはそうおどけていうのが精一杯だった。

「そう、かな。ありがとう、彼氏くん」

 思い出した。今日は、今だけは僕がかなえさんの彼氏なんだ。

「そうですよ。彼氏といるのに他の男のことを思い出すなんて失礼ですよ」

 僕は、ふざけながらむくれて見た。それが精一杯だった。

「ごめん、悪かった!」

 そういうと、かなえはまた笑顔を浮かべた。

「そのコーヒー、美味しい?」

 かなえが僕の手元の缶コーヒーを見つめながら唐突に聞いてきた。

「ああ、まあ、普通に美味しいですよ?」

 突然何を言い出すのだろうか。

「ひひひ」

 そう笑ったかと思うと、僕の手から突然缶コーヒーを奪ってグイと飲んだ。

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