第19話

「そりゃここで癒されたいとも思いますね」

 僕が緑の多い公園を見回しながらそう言うとかなえは何も言わずに頷いた。野球の試合をしているのだろう、子供達や保護者の歓声が聞こえる。僕はさっと立ち上がると、隣の自販機へと向かった。小銭を入れ、暖かい缶コーヒーとミルクティーを買ってからかなえの元へと振り向いた。

「はい、どっちにしますか?」

 かなえは驚いた表情で僕を見つめた。

「ね、どっち?」

 僕は改めて聞いた。

「じゃ、ミルクティー」

 僕は黙ってコーヒーの缶をかなえに差し出した。

「え?」

「ミルクティーは僕専用だったのを忘れてました」

 そういうと、かなえは笑った。そして、差し出したコーヒーではなく、ミルクティーを僕から奪い取った。

「優しくするなら最後までちゃんとするの」

 嬉しそうに慌てながらミルクティーのプルタブを開けると、かなえは一口飲んだ。

「はい。これでもうミルクティーは私のもの」

 そう言って笑うかなえを見て、僕も笑ってしまう。

「後で覚えておいてくださいよ?」

 そう言って僕も缶コーヒーのプルタブを開けた。「忘れた」と彼女は笑った。

「彼氏さんとはいつ頃から付き合ってるんですか?」

 僕はいたって平静を装って尋ねた。

「んー、私が大学三年の夏の終わりから」

 彼女は、懐かしそうに目を細めてそう答えた。いい思い出なのだろう。僕は胸がキュッとなるのを感じた。

「僕が大学一年の時か」

「そうだねえ」

「結婚はしないんですか?」

 二人の間に沈黙が流れる。多分聞かない方が良かったのかもしれない。

「私はしたいと思ってたんだけどね」

 そう言う彼女の笑顔が、僕には泣いているように見えた。

「彼からは何も?」

「うん・・・」

 どうしてだろう。こんなに素敵な人なのに。

「多分、もう慣れ切っちゃってるんだと思う」

 諦めにも似た、彼女の呆れ顔が僕の心にそっと火をつけた。

「もったいない」

「何が?」

「もったいないですよ。かなえさん、本当に素敵な女性だと思います。僕は」

 目を丸く見開いたのち、かなえさんは優しく微笑んだ。

「ありがとう。泥酔して不法侵入するような女だけどね」

「それは・・・」

「でも本当に嬉しい。ありがと」

 かなえは微笑んで、ミルクティーを一口すすった。

 本当に、そう思います。好きなんです。そう言いたかったが、僕はその想いをコーヒーとともに飲み込んだ。

「どうして彼女できないんだろうね」

 かなえは唐突に言った。

「どうしてでしょうね」

 僕の方が知りたい。

「単純に出会いもないですし」

 男ばかりの職場で、合コンに誘われることもない。彼女なんて架空雨の存在のような気さえする。

「すぐにできると思うなあ」

 言い尽くされた言葉。かなえに言われても嬉しくもなんともなかった。

「よく言われます。いい人なのに、とかね」

「それも言おうと思った。なんかごめん」

 苦笑いで、僕を見つめる。

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