第18話

「さ、行きましょうか」

 僕は平静を装いながら、かなえを促した。

「うん!楽しみ!」

 かなえはカバンを肩から下げて、玄関へと向かった。僕も財布と携帯をポケットにねじ込むと、かなえの後を追う。同棲してるみたいだ、とテンションが上がる。

「やっぱり、懐かしいなあ・・・」

 玄関で靴をはきながらかなえはそうつぶやいた。

「本当に好きだったんですね、この部屋」

「うん」

 かなえは嬉しそうにそう言った。

「さ、行こうか」

 僕が靴を履き終えると、ドアを開けた。外は季節外れの暖かい日差しで少し暑いくらいだった。


 足取りも軽やかにかなえは僕の前を歩いていく。どこまでもついて行こうと僕は思った。その方角は今朝とは逆方向で自然が多い、駅とは逆方向に向かっていた。

「どこへ向かっているんですか」

 僕は尋ねた。

「ん。私がよく行ってた公園」

 その公園なら僕も時折足を運んでいた。

「よく行きますよ、僕も」

「本当に?いいよね。なんだかのんびりしてて」

 かなえは歩みを止めることのないまま、僕の方を向いた。

「学校とかで行き詰まったときとかに行ってたんだ」

 かなえは懐かしそうにそう言った。

「そうなんですね」

「色々あったから・・・」

 ほろ苦い思い出があったようだ。歩いていると、芝生の広がった公園に着いた。僕たちは自動販売機の近くのベンチに腰掛けた。日差しが暖かい。

「単位取れそうになかったとかですか?」

「こら!こう見えても学校の成績はまあまあ良かったんだぞ!」

 かなえはむくれて言った。

「あ、じゃあバイトで大きいミスしたとか」

「・・・」

 割と図星だったらしい。

「何をやらかしたんですか?」

「いや、ははは・・・」

 相当苦い思い出らしい。

「何のバイトしてたんですか?」

「カフェのバイト。大学の近くの」

 僕は、大学の近くのカフェを思い浮かべた。

「僕、あの辺りのカフェは好きでよく行きましたよ」

「へえ。じゃ、私接客してたかもしれないねえ」

 かなえはしみじみとした感じでそう言った。

「で、何をやらかしたんですか?」

「それは・・・」

 かなえは渋っていたがしつこい僕に観念したのか、重い口を開いた。

「雰囲気のいいカフェだったからさ」

「はい」

「食器もいいもの使ってたのね」

「上品な感じの」

 僕は思い出しながら、頷いた。

「そう!それを洗い終わって・・・」

 かなえは当時を思い出しながら、戦慄しているようだ。

「まとめてお盆に乗せて、棚に戻す時に・・・」

「まさか」

 かなえは大きく息を吐きながら「そのまさか」と言い、頭を抱えた。

「それは・・・。弁償とかすごかったんじゃないですか?」

 かなえは僕の方をチラッと見て頭を振った。

「ううん。マスターが仕方ないよって、怒ることもなく許してくれたの」

「それは・・・。良かったと言うべきなのか、むしろ怒られた方が楽というか」

「そうなのよ」

 かなえは苦い表情を浮かべる。

「いっそ怒られたり弁償したりした方が気は楽だったよ、ほんとに。それ以降はそれまで以上に真剣に働いた」

 そう言いながら、かなえは苦笑いをした。

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