第16話
僕はなんとも言えなかった。
「私は会いたいって思ってるのに、相手はどうもそう思ってくれてるって実感できなくて・・・」
「きっと、お仕事が忙しかったりするんじゃないですかね」
僕は振り返りながら苦し紛れにそう言った。
「そんな中でも会いたいとは思ってもらえないのかなあ」
お互いに対する熱量の違い。そこにかなえは悩んでいるのだろう。
「時々不安になるんだよね。私って彼にとってそこまでの女じゃないのかなーって」
そう言って笑う彼女の表情は、悲しみでいっぱいだった。
「そんなことないですよ、きっと」
かなえは少し驚いていたが、やがて優しい雰囲気で微笑んだ。
「・・・ありがと」
かなえはそう言うと、さっとシンクの方へ振り向いた。
「もう、キミのせいで筍入れただけだよ、まだ」
かなえは無理やりなのか自然なのか、笑いながらそう言った。僕は前者だろうなと思った。
「手際の問題ですかねえ」
「言ったな!」
かなえは振り向かずに見てろよ、と言いながらピーマンの種を取り始めた。
「お手並み拝見」
そう僕がからかうと、かなえは鼻からふうっと息を吐き出した。
「キミの胃袋をがっしり掴んでやるからな!」
かなえは豚肉に片栗粉をまぶした後、ついに僕の包丁を手に取った。あまり使う機会はなかったが、僕の母親が包丁は切れる方がいいからと買ってくれた割といい値段のする包丁だ。
「これ結構切れるねえ」
かなえは種を取ったピーマンをまな板に並べると、細長く切り始めた。僕はかなえさんを見ていないけれど、背後から聞こえてくるリズミカルな包丁の音からして、本当に料理は上手なのだろうと思った。
「包丁の音は合格です」
僕はおどけて、後ろ姿のかなえにそう言った。
「当然!」
かなえはまんざらでもなさそうに、僕の方を振り返った。なんか、とても幸せだ。
テキパキと調理を進めるかなえの後ろ姿を眺めていると、ますますかなえのことが好きなのだなと感じてしまう。
「さ、できたよ!」
かなえは湯気が立つ皿を僕の目の前においた。いい香りが僕の鼻をくすぐる。
「今ご飯持ってくるからね!」
そう言って再びキッチンの方へかなえは戻っていった。いくらレトルトのソースとは言え、美味しい料理を作れる女性には惹かれる。
「さ、食べよ!」
かなえはご飯茶碗を二つ持って、僕の隣に座った。
「向かいじゃないんですか?」
「いいじゃない」
僕はドキドキしながら、箸を持った。
目の前のご飯とかなえのご飯は全く同じ量だった。
「あれ、少食なんじゃないでしたっけ」
僕はかなえにそう言うと、かなえはむくれた。
「今日は特別なの!お腹すいたから!」
そうですか、と僕は茶碗を持とうとしたが、突然かなえに止められた。
「ど、どうしたんですか」
「いただきます言ってないでしょ?」
あ、と僕は思った。
「すいません」
「はい、手を合わせて」
かなえはすでに手を合わせて、にっこり笑いながら僕を見つめる。僕も彼女に合わせて両の手のひらを合わせた。
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