第12話

 少しショックを受けてトボトボと歩いていると、前の方でかなえが立ち尽くしていた。

「どうしたんですか?」

 かなえの視線の先を見ると、その返答を聞くまでもなく落胆の理由がわかった。

『本日休業』

 かなえは言葉を発することもなく、踵を返してトボトボと歩き始めた。

「そりゃそうですよね、土曜日ですもん」

「うん・・・」

 さっきまでの軽い足取りは何処へやら、重苦しい空気を浮かべている。

「土日くらいおばちゃんだって休みたいですよ」

「そうだよねえ・・・」

「元気出してくださいよ」

 僕がそう言いながら俯いたかなえの表情を伺おうとを下から覗き込むと、かなえの表情が急に明るくなった。

「仕方ない!パターンB!」

「なんですかそれは?」

「いいから、後輩よ。ついてこい!」

 振り回されている戸惑いと、それでいて楽しんでいる自分がいる。そんな何処か心地いい思いを感じながら、僕はかなえについて行く。


「一体どこに向かってるんですか?」

 かなえの後を追って見慣れたキャンパスを歩く。平日と違って土日に人が少ないのはあの頃と同じだった。

「そんなには決めてないけど」

「やっぱりね」

 平然と言ってのけるかなえにすでに僕も驚くことはなくなっていた。

「ちょっと私に慣れて来た?」

 かなえが満足そうな、少しつまらなそうな表情で僕に尋ねる。

「少しだけですけどね。彼氏ですから」

 僕は恥ずかしげもなく言った。

「またキミはそうやってお姉さんを困らせること言って」

 かなえは少し恥ずかしそうに言いながら、建物の一つに入って行った。

「ここは?」

「キミもここで授業を受けたでしょ?」

 僕たちが入って来たのは、いろんな学部が共通して授業を受ける校舎だった。

「懐かしいですね」

 あの時と何ら変わっていない。まるで学生に戻ったような感覚さえしてくる。僕たちは誰もいない、適当な教室に入った。

「キミはどんな学生だったんだろう」

 かなえが楽しそうにそうつぶやいた。僕も同じことを思う。かなえさんはどんな学生だったのだろう、と。

「かなえ?」

 さっきまでいた廊下の方から女の声がした。

「やっぱりかなえじゃん。昨日帰らなかったの?」

 声の主が教室に入って来た。僕たちと同世代の若い女の人だった。

「おお、ミユキか。ちょっとね。仕事中?」

「ううん、サボり」

 ミユキという名のその人はそう答えると、並んで席に座る僕たちをジロジロと見下ろしている。

「かなえ、新しい彼氏?」

 ミユキは少し怪訝そうな表情で尋ねた。

「ううん。罰ゲーム中」

「へえ。キミ、名前は?」

 随分と馴れ馴れしいな、罰ゲームについては触れないんだ、なんて思いながらも僕は自分の名前を告げた。

「私はミユキ。キミも大変だねえ。かなえの思いつきに付き合わされてるんでしょ、どうせ」

 このミユキという人はかなえと相当親しかったに違いない。かなえのしていることはどうやらミユキにはお見通しのようだった。

「ちょっと。そうとは限らないでしょ」

 かなえは少し焦った様子でみゆきに言った。

「え、違うの?」

「違わないけどさあ」

 この二人のやり取りを観察しながら、多分この二人の力関係はミユキの方が上だな、なんて考えていた。

「ちょっと私トイレ行ってくるけど」

 かなえは席から立ち上がりながら少し恥ずかしそうな表情で僕とミユキとを見た。

「ミユキ、変なこと吹き込まないでね」

「わかったから早く行って来なさい。また漏らすよ?」

「漏らしたことあるみたいに言わないでよ!」

 ミユキが手のひらをひらひらとやると、かなえは怒りながら小走りでトイレへと向かって行った。

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