第11話
「ほら!」
かなえの視線の先にあったのは、こぢんまりとした雑貨店だった。どうやら土曜定休らしく、クローズの札が下がってはいるが、小洒落た雑貨店は、今なお営業を続けているらしかった。
「こんなとこあったんだ」
「そうだよ。私の部屋の雑貨は結構ここで揃えたんだー」
僕とかなえは閉まっている店のウインドウに顔をつけて中の様子を覗いてみた。
「知らなかったなあ」
「今でも我が家で現役の子たちも多いよ?」
ガラス越しに見える数々の雑貨は僕の目にも趣味が良く思えた。今の僕の部屋には合わない、女の子らしい品々が並んでいた。かなえには似合いそうだな、と思った。
「さ、行こっか」
いつの間にか夢中で見入っていたようだった。かなえの部屋を想像しながら。
「また来てみなよ。そんなに気に入ったなら」
「そんなんじゃないですよ」
僕が慌ててそういうとかなえは笑った。
「確かにキミの部屋には少し女の子っぽすぎるか」
「そうですよ」
かなえは僕の返事を聞きながら再び大学への道を歩き始めた。僕もかなえの後に続いた。やはり一人で黙々と歩いていただけのこの道を人と、それも女性と歩くというのは新鮮な気持ちになる。
「もうすぐ着くねえ」
かなえはニコニコしながら、キャンパスに向けて歩を進めて行く。同じように大学へと向かっている現役の学生たちが何人かいる。
「休みの日なのにご苦労なことで・・・」
僕は彼らを見ながら、どこか哀れんだ気持ちになった。
「学生の時は土日だってサークルに行ってたよ、私は」
「僕だって行ってはいましたけど」
ゆるいサークルに彼女がいた僕も、休みの日は彼女に誘われるままに大学へと行っていた。
「今は?」
かなえは不敵な笑みを浮かべて僕に訪ねて来た。
「今、ですか?」
僕はその答えに詰まった。社会人になってからというもの、休日はずっと自宅に引きこもっていたからだ。
「土日は引きこもり?」
なんて察しがいいんだろう。的確に図星をついて来た。
「そう、ですね」
かなえは苦い顔をした。
「そんなだから彼女ができないんだよ!」
「なに!」
「わはは!」
かなえはそうおどけると、急に校門まで駆け出した。
「今はかなえさんが彼女じゃないですか!」
少し遠くなったかなえの耳に届くように大きめの声を出して、僕もかなえに向かって走り始めた。
「今のはねえ、キュンときたよ」
感心した様子で、ようやく追いついた僕に向かってかなえは微笑んだ。が、僕は久しぶりに全力で走ったこともあって、膝に手をやって乱れた息を整えた。
「そこで息切れしなきゃねえ、合格なんだけど」
「余計なお世話ですよ」
「わはは」
テンションの高いかなえは息を切らしたままの僕を差し置いて、軽やかな足取りでキャンパス内へ入って行く。銀杏並木が懐かしい。校舎が懐かしい。いちいち止まっては嬉しそうな顔をするかなえに呆れながらも、僕自身も懐かしく思っていた。あの頃にここで、かなえと出会えてたらもっと楽しかったんだろうなあ。そんなことを思っていた時だった。
「ここでキミと出会えてたら楽しかったんだろうなあ」
かなえがポツリとそうつぶやいた。僕の心臓はドクン、と音を立てた。
「僕も」
「え?」
「僕も、そう思っていたところです」
かなえは驚いた表情をしている。
「嘘でも嬉しいぞ、後輩くん」
わはは、と笑いながらかなえは先を歩いて行った。
「本当なのにな」と、かなえには届かないであろう声量で僕はこぼした。
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