第10話
僕は、コーヒーを入れなおすべく、電気ケトルを再び稼働させた。かなえは情報バラエティ番組を見ながらケタケタと笑っている。何なのこの人。
「で、どうするんですか?」
僕は笑っているかなえの後頭部に向かって尋ねた。
「そうだなあ」
かなえは振り返りながら言った。
「そうだ!一緒に大学に行こうよ!」
「ええ?」
「どうせキミも随分行ってないでしょ」
そりゃそうだ。いく必要もない。
「一緒に学食食べようよ。久しぶりにおばちゃんの顔も見たいし」
「学食ですかあ」
「なに?また美味しくないなんて言ったら怒るからね」
かなえはわざとらしくむくれて見せた。
「わかりましたよ。じゃ、準備したら行きましょう」
なんだかんだ言って、僕も久しぶりに大学に行くのは悪い気はしていなかった。近くにはあるものの、機会がないから訪れることがなかった母校。こうしてかなえと行くのも悪くないと思い直した。
「そうしよ。それにしてもキミは準備なんているの?」
「着替えだけ・・・」
流石に寝間着のまま外に出るわけにもいかない。
「あ!」
かなえの急な大きい声に慣れない。
「シャワー借りてもいい?」
「別にいいですけど」
どきっとしたが、平静を装って答えた。洗濯したてのタオルを取り出し、手渡した。
「じゃ、小一時間したら出れるようにするから。昨日みたいに変な気は起こさないように」
そういうとかなえはさっさとバスルームへと向かった。さすが、以前住んだことのある部屋ってだけあって勝手がよくわかっていらっしゃる。僕は着替えを済ませるとすぐに手持ち無沙汰になり、ベランダに出てタバコに火をつけた。
「まじか」
突如訪れた非日常に戸惑いを隠せなかったけど、僕も腹を括って楽しむことに決めた。
「遅い!」
待っていたのは僕の方なのに、準備を終えたかなえは僕にそう言い放った。理不尽な言い草に、見たこともないジュンという彼氏に少し同情した。
「ま、いいや。行こう?」
「はい」
僕たちは玄関に向かい、順番に靴を履いて扉の外へと出た。
「もうすでに懐かしいもんなあ」
かなえは懐かしそうに眼下の街並み眺めた。急展開が多すぎて忘れてしまっていたが、かなえがここに住んでいたことを思い出した。
「昨日見てるはずじゃないですか」
「昨日は泥酔してて覚えてないの。さっき言ったでしょ?」
「あ、そうでした」
忘れっぽいんだから、とかなえは嬉しそうに階段を降りて行く。
「ああ、もう。いちいち懐かしい」
アパート付近の様子、大学までの道のりの飲食店や雑貨店が視界に入るたびに嬉しそうにこぼした。
「何年ぶりですか?」
かなえはうーんと唸っている。これまでの年数を数えているのだろう。
「四年ぶり」
「卒業してそのままって感じですか」
かなえはうんと答えながら、懐かしそうにキョロキョロと周囲を見回している。
「入れ替わりも激しいみたいですけど」
学生当時から変わっているお店を見るたびにそんなかなえを茶化したが、かなえはどこ吹く風だった。
「私が贔屓にしてたお店はしっかり続いてるからいいの」
「あ、そうすか」
「流したな?」
「すみません」
昨日のソファでは僕の尻に敷かれたかなえだったけど、今では僕の方が別の意味で尻に敷かれている。
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