第9話

「キミなら、彼女できてもおかしくないのに」

「そう言われる奴に限ってできないのは、世の理です」

 僕がムッとしながらそう答えると、かなえは笑った。

「ごめんごめん、キミは優しいから」

「優しくて、彼女できそう。これ彼女ができない奴の特徴です」

 かなえは余計に笑った。

「彼氏さんと何がうまくいってないんですか?」

 このくだけた雰囲気の中なら、と気になっていたことを聞いてみた。

「あんまり会えなくて」

「遠距離で?」

「ううん。お互い忙しくて」

 社会人になりたてなら無理もないか、と僕は思った。

「会えないと、難しいですよね」

「そうなの。学生の時は毎日のように顔を合わせてたから余計に、ね」

「そういうもんかあ」

僕も自分のマグカップに手を伸ばした。

「どのくらい会えてないんですか?」

「うーん。最後にあったのが三ヶ月前かな」

「結構前だ」

 驚いて尋ねるとかなえはうん、答えた。

「お互い社会人だからね。任される仕事が増え始めて。忙しくなってすれ違って、って感じ」

「さみしいですね」

 かなえは頷きながらまたコーヒーをすすった。

「仕方ないってお互いわかってるんだけど。わかってても寂しさが紛れるわけでもないし」

「それでヤケ酒しちゃったんですかね?」

そうかも、とかなえは笑った。

「連絡、来てるんじゃないですか?」

「ジュン、忙しいだろうから気にしてないだろうなあ」

 そう言いながらカバンの中からスマホを取り出して通知を確認している。ジュンさんっていうのか。

「どうでしたか?」

「やっぱりね」

 複雑な笑顔を浮かべた。余計なことをしたかもしれない。

「ねえ」

「はい?」

 かなえは不敵な表情で僕を呼んだ。

「昨日、私にイタズラしたでしょ」

 僕は顔が上気していくのを感じた。結局バレていたのか?

「やっぱり。キミだったか」

 やられた。カマをかけられた。いや、悪いのは僕なんだけど。

「ごめんなさい・・・」

「キミも男の子ってことだね」

 僕は肩を落とした。

「罰ゲーム!」

 かなえが急に大きな声でそう高らかに宣言した。

「ば、ばつげーむ?」

「そうだよ?」

 あっけらかんとしているかなえの心が読めない。

「も、申し訳ないとは思ってますけど、罰ゲームだなんて」

「なに?私の胸を触った分際で」

「はい・・・」

 こう言われてしまってはもう何も言えない。

「とはいえ、私も不法侵入の身」

「はい・・・」

「キミは強制わいせつの身」

「そ、そんな」

「お互い戒めとして、一日カップルの刑に処す!」

 僕は混乱した。

「なんですかそれ」

「キミは、私を楽しませなくてはならない。私はキミを楽しませなくてはならない。どう?」

 かなえはまるで世紀の発明をしたかのように得意げに言った。

「それ、罰ゲームなんですか?」

「私もキミもジュンに対して深い罪悪感を抱えながら一日を過ごさなくてはならないの」

「はあ」

 妙に納得してしまう自分がいて困る。

「でも、それこそ彼氏さんに申し訳ないじゃないですか。飛んだとばっちりを」

 かなえは胸の前で腕を組んで鼻から勢いよく息を吐き出した。

「いいの。ジュンも私を放っておいた罰を受けねばならない」

 ぶっ飛んでる。僕はそう思いながらもかなえの勢いに押されてこの罰ゲームを承諾してしまった。

「でも具体的に何をするんですか?」

「決めてない。今思いついたばっかりだから」

 そう朗らかに笑うかなえを見て、僕は少し怖くなった。これから何が起こるというのだろうか。

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