第8話

 服装を軽く整え、旅館の外へ出ると、太陽の光が気持ちよく降りてくる。うんと伸びをした。

 ここは本当にいい所だ。狭い道路があることを除けば、全て自然。眼前に広がる森の奥からは水音のようなものも聞こえてくる。ここは渓流が有名らしいから、きっとそれだろう。自然と足が引き寄せられた。


 踏みしめた土はしっとりと湿っていた。見たこともない色の虫達に驚かされながら進む。マイナスイオンというやつだろうか、大阪では決して吸えない空気で胸が満たされてゆく心地良さがあった。


『この先 コンコンチキ渓流(100m先)』

 コンコンチキ……見たことも聞いたこともない言葉だ。部屋に戻ったら、意味を調べてみよう。


 すぐに、渓流の入口らしきところに着いた。小さな店で、土産物や軽食が売られている。今回は財布を部屋に置いてきてしまったのでスルー。


 ――――それよりも。勢い良く流れる渓流に走り気味に近づいて、手をつけた。……冷たい!

 少し足もつけてみる。「ははっ、冷たい」

 まぁ同じ感想しか出てきやしないのだが、川遊びなんて何年ぶりだろうか。暫し楽しんでいると――――


「はぁ!?!? 鼓くん死ぬ気なの!?」という声が聞こえ、ドドドドドと誰か走り寄ってきた。

「……ソーダ? ちょっと川遊びを――」

「これのどこが"ちょっと"なのよ! ガッツリ腰まで浸かってるじゃん!!」

 はっ。確かに、足をちゃぷちゃぷさせているだけのつもりが、いつの間にか熱中しすぎていたようだ。


「本当じゃん」

「はぁ……フロントから出掛けていく姿が見えたから、ここかなと思ったの。ここはこう見えて結構危険な川なんだから、気をつけてよ」

 心配してくれていたのか。

「ありがと」

「……さっさと上がる上がる!」

「うん」


 少し残念だったがしょうがない。陸に上がり、浴衣の裾を絞っていると――――

「じゃあ、行こっ」

 そう言ってソーダは駆け出した。

「え! どこに?」

 ぐんぐん背中が遠くなっていく。僕は必死で追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狐少年とソーダ少女 @gozaemon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ